十年ぶりに帰省することになったが 4/4

田舎

 

私は彼女に少しだけ

待ってくれと言い、

 

自分も急いで帰り支度をして、

 

彼女と一緒に両親のもとへ

行きました。

 

父も母も元気でとだけ言い、

それ以上は何も言いませんでした。

 

私は何かを言わなければ、

 

何か訊いておかなければ

いけないことがある、

 

そう思いましたが、

 

それが何か分からない、

そんな状態でした。

 

彼女の一刻も早くこの家から

離れたいというのが、

 

その様子から見て取れたので、

 

私はお決まりの別れ言葉を残し、

家を出ました。

 

家から出ただけで、

 

あの澱んだ空気から

開放された感があり、

 

私は随分と気が楽になりました。

 

しかし、彼女は駅に着き

電車に乗るまで、

 

何一つ喋りませんでした。

 

一度も振り返ることなく

足早に歩いて、

 

少しでも家から遠くに、

そんな感じです。

 

電車に乗ってから、

 

私は彼女の様子が

落ち着くのを見計らって、

 

大丈夫?

どうかしたのか?

 

と尋ねました。

 

彼女はしばらくの間

下を向いて、

 

何やら考え込むような

仕草を見せ、

 

それから話し始めました。

 

「ごめんなさいね。

 

本当に悪いことをしたと

思ってる。

 

せっかく久しぶりの

帰省なのにね。

 

それに、

 

私から挨拶しておきたい

なんて言っておいて、

 

本当にごめんなさい。

 

ちゃんと説明してほしいって

思ってるでしょ。

 

でもね、出来ないと思うの。

 

私があの家にいる間に

感じたことや経験したことを、

 

私からあなたに伝えることが、

私には出来ないの。

 

ごめんなさい・・・

 

彼女はそう言って、

 

溢れ出しそうになる涙を

手の甲で押さえました。

 

私も泣き出しそうでした。

 

何か分からない、

 

彼女が何を言っているのか

よく分からない。

 

でも、私自身、

あの家にいる間に、

 

確かに澱んだ何かを感じたのを

覚えています。

 

だから私には彼女を責めることは

出来ませんでした。

 

涙を押さえながら彼女は

もう一度「ごめんね・・・」と言い、

 

私の名をその後に

付け加えました。

 

その時です。

 

私は、あることに気がつきました。

 

どうして今まで一度もそのことを

疑問に思わなかったのでしょう。

 

信じられないくらいです。

 

今まで何度となく、

 

色々な場でペンを手に取り

書いたこともあり、

 

自分の声で言葉に

出したこともあるのに、

 

なぜ一度も疑問に

思わなかったのでしょうか。

 

私は一人っ子であるにも関わらず、

なぜ『勇二』という名前なのだろう。

 

もちろん、それだけで何かが

変わるわけではないでしょう。

 

しかし私は、

 

蘇って来た様々な記憶と、

あの家で感じた空気、

 

そして彼女の怯えたような様子。

 

そして何より、

私があの夜に見た悪夢。

 

幼い私が首を絞められている

と思っていましたが、

 

よく思い出してみると、

 

微妙に幼い頃の私と

違うような気がするのです。

 

あれから一年近く経ちました。

 

彼女とは、東京に戻ってから、

時と共に疎遠になってしまいました。

 

どちらからという

わけでもないのです。

 

お互い何か避けるように、

自然と会わなくなってしまったのです。

 

私は彼女を愛していましたが、

 

自分が、もう決して

 

幸せというものに近づくことが

出来ないような気がしています。

 

それで、彼女と面と向かうことが

出来ません。

 

今でもたまに電話がかかってくる

ことがありますが、

 

彼女はあれからも、

 

あの家でのことを

話してはくれませんし、

 

私からも何も言えません。

 

話はこれで終わりです。

 

よく分からないと思われるかも

知れませんが、

 

私は自分の思っていること全てを

書くことが出来ませんでした。

 

怖いのです。

 

彼女があの家であったことを

話すことが出来ないように、

 

私も自分の家、

自分の生について、

 

思っていること全てを

語ることは出来ません。

 

(終)

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