十年ぶりに帰省することになったが 2/4

田舎

 

私が実家に住んでいた時の思い出で、

ひとつ、こんなことがあります。

 

今はもう亡くなっているのですが、

 

父の兄で長男の、

 

つまり私にとって伯父

にあたる人のことです。

 

伯父さんは、

成人する前から分家にやられ、

 

あまり本家の方には

顔を出さなかったのですが、

 

ある日、

 

なにか機嫌の良さそうな様子で

ふらりと本家にやって来ました。

 

挨拶も適当に、

 

伯父さんはまっすぐ

私の部屋に来て、

 

「将棋をやろう」

 

と小脇に抱えていた

将棋盤を広げました。

 

断る雰囲気でもなく、

 

良いよ、と言って

将棋を始めました。

 

すると、当時私は

小学校の高学年でしたが、

 

あっさりと伯父さんに

勝ってしまったのです。

 

それで終われば良かったのですが、

 

小学生の私は何を思ったのか、

おそらく幼かった所為でしょう。

 

あまりに伯父さんが弱かったので、

 

伯父さんのことを馬鹿にして

笑ってしまったのです。

 

具体的に何を言ったのかは

覚えていません。

 

見る見る目の前の伯父さんの

顔色が変わっていき、

 

ウーと唸りながら

すっと立ち上がったかと思うと、

 

どこかへと走り出して

行ってしまいました。

 

伯父さんの尋常ではない

様子に怖くなった私は、

 

両親がいる部屋まで行き、

様子を伺っていました。

 

どうやら伯父さんは

納屋の方に行ったようで、

 

がたがたと物音がした後、

庭先から玄関の方へと、

 

伯父さんが駆け抜けていく

のが分かりました。

 

恐る恐る玄関の方を見ると、

 

伯父さんは農耕機用の

ガソリンが入った一斗缶を、

 

家の前のアスファルトの道路の上に

ばら撒いているのです。

 

そこへ火を放って、

興奮して何か叫んでいると、

 

私の父が駆けつけて

 

「お前、何やってるんだ!」

 

そう言いながら、

 

ボコボコに伯父さんを

殴りつけていました。

 

それ以来、

少なくとも私が実家にいる間、

 

伯父さんが本家へやって来る

ことはなくなりました。

 

電車の中でそういった昔の

記憶を思い出しながら、

 

彼女と話しているうちに

実家のある駅に着きました。

 

開発から取り残されたようで、

 

全く昔と変わりない風景が

広がっています。

 

駅から一歩一歩と

実家に近づいていくと共に、

 

私の中で何か、

 

懐かしさ以外の感情が

生まれるのが分かりました。

 

口の中が乾いて、

鼓動も早くなっていくのです。

 

身体が拒否反応を

示しているかのようで、

 

私は漠然とした恐怖を、

この時点で感じました。

 

しかし、

 

久しぶりの実家で

緊張しているだけだと

 

自分に言い聞かせ、

 

彼女の手を引いて

足を速めました。

 

この時、彼女の手も

 

なぜか汗でびっしょりと

濡れていました。

 

家の門を前にして、

 

それまでの漠然とした恐怖が、

リアルなものへと変わりました。

 

空気がおかしいのです。

 

家を包む空気が

(よど)んでいるようで、

 

自分がかつて、

 

このようなところに暮らして

いたのかと思うほどでした。

 

迎えに出てくれた父の顔も

暗くどんよりとしたもので、

 

私の心にあった父のイメージと

かけ離れていました。

 

家の中に入っても、

澱んだような空気は変わらず、

 

むしろ、

より強くなっているようです。

 

古井戸の底の空気というのは、

こういったものなのかも知れません。

 

彼女を両親に紹介したのですが、

なんだかお互い口数も少なく、

 

本当に形だけのやり取りのように

済まされました。

 

私以上に、彼女の方が何かを

強く感じているようで、

 

いつもの明るい彼女とは

別人のようでした。

 

しきりにこめかみを押さえたり、

周囲を気にしたり、

 

落ち着きの無い様子で、

 

私が話しかけても俯いたまま

聞き取れないような小さな声で、

 

何事か呟くだけなのです。

 

(続く)十年ぶりに帰省することになったが 3/4へ

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