熱帯夜の寝床に現れたモノ

 

あれは去年の夏の事だった。

 

冷房が壊れてしまい、

 

僕は熱帯夜の中で

寝つけずにいた。

 

何度目かの寝返りを

うった時のこと。

 

寝返りをうった方向、

顔のすぐ目の前に、

 

どこか人のような顔をした

犬か狐のような動物が、

 

鎮座していたのだ。

 

僕は大層驚いて、

 

「うわああああ」

「ぎゃああああ」

 

と叫び声をあげて飛び退いた

つもりだったのだが、

 

どういうわけだか、

 

体がぴくりとも動かず、

声も出ない。

 

そのままの状況で、

謎の動物と見つめ合う・・・。

 

心の中では消えろ消えろと

ずっと念じていたが、

 

一向に消えてくれない。

 

この地獄はいつまで続くのかと

精神が音を上げかけた頃、

 

その動物の表情が歪んだ。

 

人でいえば、

笑顔のような形だった。

 

(と言っても歪に引き攣っていて

恐怖しか感じなかったが・・・)

 

そして口を開かずに、

こう言った。

 

『アシ、イランカ?』

 

僕が意味も分からずに

何も反応出来ずにいると、

 

その動物はふっと消えた。

 

すると何事もなかったかのように、

体は動くようになった。

 

その夜は寝つけず、

 

またアレが出るのではと

震えながら朝を迎えたが、

 

結局、あの動物は

朝まで現れなかった・・・。

 

それから三日経ったが、

ずっと体調が優れなかった。

 

何をしていてもだるく、

 

軽い頭痛のようなものが

常時続いた。

 

そして四日目の朝、

 

靄のかかったような頭で

自転車を運転していると、

 

突然車が突っ込んで来て、

 

僕はあわやというところで

自ら自転車を倒し、

 

車との接触を免れた。

 

車はそのまま猛スピードで

走り去ってしまい、

 

僕はのろのろと立ち上がり、

しばらく呆然としていたが、

 

足に痛みが走っていることに

気づいた。

 

見れば、右足からだくだくと

血が流れている。

 

どうやら自転車を倒した時に、

 

地面と自転車に足が挟まれて

裂傷を負ったらしい。

 

僕は痛む右足を庇いながら、

 

行く予定だった本屋へも行かずに

家へと帰った。

 

当然だが、

 

僕の足を見た母親は驚き、

すぐさま病院へと連れて行かれた。

 

すると、

 

出血は派手だが、

そう深い傷ではないらしく、

 

消毒と包帯をするだけで

問題ないという。

 

母親は「ああよかった」と

しきりに言っていたが、

 

僕はあの時の動物の言葉を

思い出していた・・・。

 

その夜、

またあの動物が現れた。

 

初めてアレが現れた時と同じように

寝つけずにいると、

 

あの動物が現れて、

怪我をした足を長い舌で舐めている。

 

全身に怖気が走り、

恐怖に狂いそうになったが、

 

あの時と同じく、

全く動けないのでどうしようもない。

 

ひとしきり僕の足を舐めると、

 

動物はまた笑みのように顔を歪め、

こう言った。

 

『アシ、モラオカ?』

 

僕は酷く焦った。

 

きっと、こいつが僕に

怪我をさせたに違いない。

 

このままでは

僕の足は取られてしまう!

 

(やめろ、僕の足を取らないでくれ!

たのむ、やめてくれ!)

 

心の中で繰り返していると、

 

動物は『ググ、ググッ』としわがれた声で

笑っているような音を出して、

 

すっと消えた。

 

翌朝、僕が目覚めると、

怪我をした足が動かない。

 

もう高校生になったというのに、

僕は半泣きで両親を大声で呼び、

 

何事かと慌ててやってきた両親に、

僕が体験した事ことの全てを話した。

 

すると母親が、

 

昔に霊障に遭った時に

御祓いをしてもらった、

 

信用の出来るお寺さんに行こう

と言ってくれた。

 

僕はその日のうちに

母親の運転する車に乗せられ、

 

お寺に連れて行かれた。

 

住職さんに動かない足を見せ、

 

「どうか助けてください」

 

と必死に頼むと、

住職さんは言った。

 

「動物と人の霊の混ざったものに

憑かれていますね。

 

今日来てくれて本当によかった。

 

もう少し遅ければ、

 

その足は一生動かなく

なっていたでしょう」

 

住職さんはお経を唱えて

僕の頭や足を軽く叩き、

 

御祓いをしてくださった。

 

程なくして、

僕の足は動くようになり、

 

それからはあの動物が僕の前に

現れることもなくなった。

 

一体、何が原因でアレに

憑かれてしまったのか?

 

なぜ足を欲しがったのか?

と疑問はあったが、

 

僕にはアレから解放されたという

事実だけで十分だった。

 

もう出ないと分かっていても、

僕は夏が怖い。

 

(終)

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