古本屋で買った懐かしい歌本に

 

古本屋で小学校の時に使っていたのと

同じ歌の本を見つけて、

 

なんだか懐かしいような気分になり、

思わず購入した。

 

『あの青い空のように』や

『グリーングリーン』といった、

 

当時好きだった歌が昔と全く同じ体裁で

掲載されていて、

 

家で一曲一曲、

思い出しながら歌ってみた。

 

当時一番のお気に入りだった、

『気球に乗ってどこまでも』の頁を開いた。

 

右下に余白があり、

そこにいたずら書きがされていた。

 

いかにも小学生が少女漫画を真似て

書いたようなヘタッぴな絵で、

 

男の子と女の子が描かれていた。

 

男の子の方には「さとるくん」と

書いてあった。

 

シャツに「3」と書いてあった。

 

女の子の方には何も書いていなかった。

 

僕はちょっと笑った。

 

僕の名前もさとるだ。

 

ほとんど消えてしまって読めなかったので

気にしていなかったのだが、

 

もう一度、

裏表紙の持ち主の名前を見てみた。

 

○木(本?)△子。

 

小学生の時にそれと似た名前の女の子は、

クラスに二人いた。

 

一人は高木秀子。

 

名前は覚えているが、

顔はほとんど覚えていない。

 

もう一人は仲本順子。

 

こっちはよく顔を覚えている。

 

なぜなら初恋の相手だからだ。

 

僕はちょっとドキドキした。

 

妄想に近い、

ある可能性を思ったからだ。

 

もちろん、古本屋は小学校から

程遠い都会にあるし、

 

歌本は恐らく日本中に出回って

いるものなので、

 

ありえないことなのではあるが、

 

あの仲本順子が僕のことを絵に描き、

音楽の授業中にいつも見ていたとしたら・・・。

 

なんだか甘酸っぱい気分になりながら、

次のページを開いた。

 

次のページは『大きなのっぽの古時計』

だった。

 

その余白にも、

男の子と女の子の絵があった。

 

テーブルで一緒に御飯を

食べている絵だった。

 

テーブルの上には御飯と味噌汁と

魚が描かれていた。

 

次のページは『翼をください』。

 

男の子と女の子、

そして赤ん坊が描かれていた。

 

どうやら、元の持ち主は

結婚を夢見ていたらしい。

 

次頁は『この道』。

 

男の子と女の子の絵が描いてあるのだが、

 

女の子の顔がぐちゃぐちゃに

塗り潰されていた。

 

クラスメイトにいたずらされたのか、

それとも自分でやったのだろうか?

 

次頁は『早春賦』。

 

男の子は描かれておらず、

女の子が泣いていた。

 

テーブルの上に芋虫のようなものが

描かれていた。

 

一体、何が起こったんだろうか?

想像が膨らんだ。

 

次頁は『あの素晴らしい愛をもう一度』。

 

悪趣味にも、

 

葬式の祭壇のようなものが

描かれていた。

 

もう、男の子も女の子もいなかった。

 

歌本のいたずら書きは、

それで終わりだった。

 

まさかとは思いながら、

卒業アルバムを引っ張り出してみた。

 

仲本順子・・・

 

久々に写真で見ても、

未だに胸がときめく。

 

初恋だからしょうがない。

 

やっぱり可愛い。

 

高木秀子も探してみたが、

見当たらなかった。

 

5年の時にクラスが替わっていたはずだが、

 

他のクラスにも写っていなかったし、

名簿にも無かった。

 

気になって仕方が無かったので、

 

当時PTA役員をやっていた母親に、

高木秀子を覚えているかどうか聞いてみた。

 

「覚えてるよ。

 

でも、ほらあの子、亡くなったでしょう、

5年生の時、事故で」

 

すっかり忘れていた。

 

そういえば女の子が亡くなって、

ちょっと騒ぎになったことがあった。

 

あれが高木だったのだ。

 

母親は続けてこう言った。

 

「でも、ホントは自殺だったらしいわよ。

警察の方で事故扱いにしてくれたんだって。

 

かわいそうにねぇ」

 

それは初耳だった。

 

嫌な予感が急に現実味を帯びてきた。

 

居ても立っても居られず、

当時のクラスメイトの岡村に電話をした。

 

岡村も自殺の噂は知っていた。

 

全然関係ないことだけど・・・と、

彼はこう言った。

 

「そういえば長嶋監督・・・、

大丈夫かね。

 

お前ファンだったじゃん。

 

いつも背番号3のジャイアンツの

Tシャツ着ててさ」

 

言われて思い出した。

 

僕自身は全く興味なかったのだが、

 

巨人ファンの父親が買ってきたTシャツを

よく着ていた。

 

そうするとやはりあの男の子は僕で、

女の子は・・・。

 

いや、まさか・・・。

 

急に怖くなって、

手にしていた歌本を放り投げた。

 

「俺たちさ、

あの子に悪いことしたよな。

 

よくいじめてたじゃん。

 

顔に習字の墨汁なんかを

ぶちまけたりしたっけ。

 

お前なんか、給食の中に

毛虫入れたりしてさ。

 

覚えてるだろ?」

 

もちろん忘れていた。

 

そして、この歌本は間違いなく、

高木秀子のものだと確信した。

 

(終)

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