虫好きの僕が蜘蛛を大嫌いになった理由 1/2
僕は蜘蛛(クモ)が大嫌いです。
それこそ洒落にならないほどの
恐怖を感じます。
何故でしょうか。
これは、
小学校に上がる前の話です。
兵庫県のSというところにある、
マンションに住んでいました。
マンションは敷地内に3棟
あったと思います。
僕の家はそのうちの1棟の、
8階の一番奥にある部屋です。
8階には僕と同い年の男の子が
僕を含め3人いました。
みんな仲が良く、
いつもマンション内の公園や敷地内の
色々な場所で遊んでいました。
場所によってはガガンボや蜘蛛が沢山いて、
気味が悪い。
マンションの背後には
大きな山がそびえているせいか、
虫がやたらと多いマンションでした。
仲良し3人組とは別に、
たまに一緒に遊ぶT君という
男の子がいました。
T君はマンションの1階に住んでいて、
少し内気な感じの子です。
外に出て遊びまわるより、
家の中でおもちゃで遊ぶのが
好きだったようで、
外遊びが好きな僕達とは1ヶ月に数度
遊ぶ程度の仲だったと思います。
ある時、僕一人でT君の家へ
遊びに行きました。
マンションの1階は少し薄暗いのです。
さらにその日は曇りだったので
廊下が夜のように暗く、
T君の家に入るまで、
かなり心細かったのを憶えています。
T君の家に着くと、
T君とT君のお母さんが出迎えてくれて
ホッとしました。
T君は救急車やパトカーのミニカーを
取り出してきたので、
子供なりにストーリーを仕立てて
二人で遊んでいました。
しばらく遊んでいて、
ふと視線を上げると、
T君の部屋のタンスの上には、
見慣れないおもちゃが置いてあることに
気が付きました。
下から見上げる限りでは、
レールが立体的に交差した造形しか
判別出来ませんが、
いかにも面白そうなおもちゃです。
「あのおもちゃで遊ぼうよ」
とT君に頼みました。
するとT君は素っ気なく、
「壊れてるから遊べないよ。
○○君(僕)が壊したんじゃないか」
と言います。
吃驚(びっくり)して、
「嘘だあ。
あんなおもちゃ見たことないよ」
と言い返すと、
「このまえ遊びに来た時、
壊したじゃないか」
と言い張るのです。
全く記憶にない事です。
ちょうどその時、
T君のお母さんが部屋に入ってきて、
洗濯した服をタンスに仕舞い始めました。
「T君が、僕があのおもちゃを
壊したって言うんだよ」
とT君のお母さんに訴えました。
「だって○○君、
このまえ遊びに来た時に
壊したでしょう」
とT君のお母さん。
当時4歳か5歳だったと思いますが、
僕は3歳位からの記憶が
わりとハッキリ残っています。
既に物心もついていましたので、
友達のおもちゃを壊したかどうかくらいは
判断出来ます。
断じてそんな記憶はありませんし、
そもそも、
そのおもちゃを見るのは
初めてなのです。
「どうしてそんなこと言うの?
僕は壊してないよ!」
「このまえ遊んでて壊したじゃないか」
「そうよねえ。
○○君が壊したから、
遊べなくなったのよね」
その時は勿論、
この言葉を知りませんでしたが、
そう、生まれて初めて『不条理』を
感じた瞬間だったと思います。
しばらく必死に記憶を辿って、
以前にT君の家に遊びに来た時の事を
思い出そうとしてみましたが、
やはり何も憶えていませんでした。
その場にいたたまれなくなり、
自分の家に帰りました。
僕にとってはかなりショックな出来事で、
帰宅しても親に話せません。
その後まもなく、
僕の家は東京へと引越してしまったので、
T君のおもちゃのことは不可解なままに
なってしまいました。
その後、
僕は叔母から誕生日の贈り物に
幼年向けのファーブル昆虫記を貰い、
それが大変に気に入って
何度も何度も読み返していたので、
虫がとても好きになりました。
引っ越した先は、
東京にしては自然が多い地区でしたので、
外に出ては色んな虫を捕まえて
遊んでいました。
ただ、どうしても蜘蛛だけは
好きになれません。
好きになれないどころではない。
蜘蛛の事を考えるだけで、
身の毛がよだつ思いがします。
ファーブル昆虫記にも蜘蛛の話は載っていて、
お話としては非常に面白いのですが。
小学校、中学校、高校と、
いつまで経っても私の蜘蛛嫌いは
直りませんでした。
ある日、
幼い頃に育ったマンションでの日々について、
母親と思い出話を語ることがありました。
色々懐かしく思い出しながら
話しているうちに、
「お前は今でも蜘蛛が大嫌いだけど、
子供の頃は本当に酷かった。
夜中にいきなり『蜘蛛は嫌だー!』
って叫び始めるんだよ」
先に書いた通り、
僕は自分ではわりと小さい頃の記憶が
ある方だと思っている。
でも、
夜中に泣き出したという記憶は
全然ないのです。
母親が語るには、
僕の泣き叫ぶ様があまりにも
真に迫っていて、
まるでそこに本当に蜘蛛がいるかのように
怯えていたそうです。
寝ぼけたという様な
生易(なまやさ)しいものではなく、
錯乱状態と言ってもいいほどで、
気でも狂った様に見えた。
そんなことが何度も続くので、
病院に連れて行った方がいいのでは、
と悩んだ程だそうなのです。
そこで少し、
自分の記憶があやふやになってきました。
いくらなんでも、
そんなことがあったら
憶えているんじゃないか?
でも全く憶えていない。
ハッ!としました。
こういうことは前にもあったなあ。
そうだ、
T君のおもちゃのことだ。
蜘蛛はだいっきらいです。気持ち悪い。