見覚えのない顔と聞き覚えのない名前
「お久しぶりです!」
唐突に掛けられた声に振り向いたが、後ろに立っていたのは全く知らない男性だった。
・・・ああ、私が呼び止められたわけじゃなかったのか。
勘違いして恥ずかしいな。
そう思って足早にその場を立ち去ろうとすると、「ちょ、ちょっと、××さん!」。
その慌てた声で呼ばれた名前は『私の名前』だった。
えっ?
確かに私は人の顔を覚えるのは苦手だが・・・。
訝しげな私にその男性も首を傾げ、「もしかして、オレのことを忘れてます?○○って言うんですけど・・・」。
聞き覚えのない名前だった。
顔を覚えるのは苦手でも、一度聞いた名前はそうそう忘れないハズなのだが・・・。
「えっ?えっ!?だって3ヶ月前に会ったじゃないですか。仕事の席で△△って場所で、オレは上司の□□さんと一緒で、そちらは◇◇さんと一緒だったでしょ」
◇◇は確かに私の上司だが、そもそも一緒に仕事をしたことはなかったような気がする。
でも、やけにリアルな説明だった。
時間は何時で、天気はこんな感じだったとまで言い募る様子は嘘に見えない。
記憶になくても容易に想像がつく説明に、次第に私も「そんなことがあったのかな」と言う気になってくる。
でも、どうしても思い出せない。
「うーん、すみません・・・」
知ったかぶって話を合わせようかとも思ったが、結局は頭を下げた私に、男性はうな垂れながら去って行った。
そして、その男性と再会したのは3ヶ月後だった。
仕事の件で、向こうは□□さんという上司と一緒で、私は上司の◇◇と一緒で、△△という場所での打ち合わせだった。
(終)