間違い電話から始まった恐怖の残業
プルルルルル。
俺が一人で残業をしている時、
会社の電話が鳴ったの始まりだった。
夜7時半くらいだっただろうか。
俺が勤めているところは小さな町工場で、
建っている場所も街からちょっと外れた
山の側のために、
この時間になると周囲に人影も無い。
「はい、○○工業です」
「ああ、サンジかぁ?」
しわがれた爺さんの声だった。
サンジとは何のことか全くわからないが、
聞いた瞬間に俺は、
『ああ、また間違い電話か』
と思った。
・・・というのも、
うちの会社の電話番号は、
地元のタクシー会社の電話番号と
1番しか違わないために、
病院へ通っている爺さん婆さんが、
よく間違えてうちに電話を掛けてくるのだ。
「いえ、違いますよ」
「んぁぁ?」
ガチャ。
要領を得ない年寄りの電話は、
一方的に切ることにしていた。
こっちが会社名を名乗った時点で
気づいてもらいたいものだが。
プルルルルル。
また電話が鳴った。
「もしもし、○○工業です」
「ああ、サンジかぁ?」
「違いますよ。
タクシーの番号なら、
×××-××××ですよ」
「んぁぁ?」
ガチャ。
一度目の電話で間違いに気づかないとは、
相当ボケているのか。
こっちはまだ事務処理が残っているんだから、
もう掛けてくるなよ。
しかし、その願いもむなしく、
また電話は鳴った。
プルルルルル。
「もしもし、○○工業です」
「ああ、サンジかぁ?」
腹が立ってきた。
もういっそのこと「そうです」と言ったら、
どうなるんだろう。
俺はイタズラのつもりで、
「そうです。何か御用ですか?」
と言ってしまった。
「おお、サンジか。
じゃあ今からそっちに行くからな」
・・・え!?
この爺さんはどこに行こうとしているんだ?
爺さんの勘違いで、
見当違いの場所に出かけて
トラブルになってもまずい。
俺は間違いだと伝えるために、
今かかってきた番号にリダイヤルした。
「はい。もしもし」
若い女の声だ。
「あの、○○工業といいますが、
今ですね、そちらのお爺さんから
電話がありまして・・・」
「は?なんですか?」
「お宅のお爺さんから、
今うちの方に電話がありまして、
それでですね・・・」
「なんですか?
うちに男はいませんけど」
「え?お爺さんというか、
男の人自体、住んでらっしゃらない?」
「なんなんですか?
イタズラなら警察を呼びますよ」
どういうことだ、これは・・・
掛かってきた番号に
そのまま掛け直したのだから、
番号の間違いということはない。
でも電話先には女しかいない。
さっきの爺さんは、
一体なんだったんだろう。
ドガッドガッドガッ!
突然、俺がいる事務所のドアが
激しく叩かれた。
びっくりしてドアの方を見ると、
ガラス戸の外には誰もいない。
呆然としてドアを眺めていると、
またドガッドガッドガッ!
と激しい音がした。
なんなんだ、
と思って恐る恐る近づいてみると、
ガラス戸の外の死角になっていた部分に、
顔と腕が赤く焼け爛れた男が立っていた。
俺は「うおおおおお!!」と叫び、
腰を抜かしてしまった。
よく考えたら、
そのドアには鍵が掛かっていない。
しかし、その男はドアを開けて
入って来ようとはせず、
なぜかひたすらドガッドガッドガッ!
とドアを叩き続けていた。
(叩くというか蹴っていたのかも。
腕が全く動いていなかった)
ドアに鍵を掛けようか、
それとも奥に逃げようか迷っていたら、
いきなり電話が鳴って、
また心臓が止まりそうになった。
必死に電話までたどり着いて
受話器を取ると、
今度は社長からだった。
「もしもし、お疲れ。
仕事の調子はどう?」
「いや、それ、それ、
それどころじゃないっす!
今、外にスゲーのがいます!」
「あー、何か出たの?
じゃあ、神棚に供えてある酒を
額と首につけろ。
そしたら、神棚を開けて、
ご神体を見えるようにしてみろ。
多分そいつ消えるぞ」
俺は震える足で必死に、
神棚までたどり着いた。
外では未だにドガッドガッドガッ!
と音がする。
言われた通りに酒を額と首につけて、
神棚を開けた。
すると、
グシャッという音がしたと思ったら、
それっきり何の音も聞こえなくなった。
ドアの所にいた男も消えていた。
次の日、
社長に昨日の出来事を話すと、
「やっぱり、
そういうことも起きるんだな」
と全て知っているかのような
言い方だったので、
詳しく聞いてみた。
この会社が建っている場所は
霊の通り道なので、
変な霊が騒ぎを起こすと
霊媒師から言われていた。
会社を建てる時にあらかじめ、
壁という壁の全てに
御札を練り込んであるから、
どんな霊も入って来れないように
なっているんだ、
と自慢そうに語っていた。
言うならば、
霊対策のセキュリティだ。
さらに後日、
俺は個人的に霊能者を訪ねた。
会社の土地を見て、
御札を壁に練り込んでくれた、
あの霊媒師だ。
話を聞くと、
うちの会社が霊の通り道に
建っていることは本当で、
壁に御札を練り込んであるので、
余程、怨念の強い霊でなければ破れない、
というのも本当。
「しかし・・・」
霊媒師は気が進まなそうに言った。
「社長がどうしてもあそこに建てると言うから、
仕方なく壁に御札を練り込んだけどね・・・
そのせいで・・・
あそこ・・・
霊の通り道だったのが、
完全に塞がれている状態なんだよね」
「それが、何かまずいんですか?」
「あそこを通って霊は色んな場所に
行ってたんだけども、
そこを塞いだために霊は行き場を失って、
怨念が強まるという危険があるんだよ。
あの結界を破れる霊は
そうそういるもんではないけども、
このまま強制的に怨念が
強まることになればいずれ、
あれを破るほどの強い怨念の霊が
生まれるかも知れないんだ。
そうなると私にも、
もう対処しきれなくなるからね」
(終)