金を貸してくれと言ってきた男の正体
当時、郷里を離れ、
ある会社の寮に入っていた。
寮は会社の近くだったが
毎日残業で遅くなるため、
帰宅後は服を着替えて夕食を買いに、
コンビニへ行くのが日課となっていた。
四月のある日、
その日もいつものようにコンビニで
買い物を終えて店を出ると、
中年の男に呼び止められた。
怪しい者ではないことをアピールするためか、
免許証らしきものを見せながら、
金を貸してくれと言ってきた。
詳しいことは忘れたが、
○市まで行かないといけないが、
電車賃が無いと言っていた。
(因みに、最寄り駅から○市までは、
所要時間1時間、運賃1500円くらい)
風貌と言い、言動と言い、
気味が悪かったが、
本当に困っているような感じもしたので、
ちょうどポケットに入っていた
数枚の釣銭を渡した。
金を返す為に電話番号と住所を
教えてほしいと言われたが、
三百円ほどだったので「あげる」と言って、
その場を去った。
それから一カ月が過ぎた頃、
いつものようにコンビニで買い物を終えて
店を出ると、
後ろから声をかけられた。
振り返ると、
あの男が立っていた。
また同じように金を貸してくれと言ってきた。
どうやらこちらのことは忘れている様子。
少しでもその男の言うことを
信用してしまった自分自身と、
同じ人間を二度も同じ手口で騙そうとする
その男に腹が立ったので、
無視して走って逃げた。
去り際に罵声を浴びせられた気がするが、
聞き取れなかった。
仕事に忙殺され、
そんなことなんかすっかり
忘れてしまっていた九月。
仕事を休んで免許更新センターに行くことに。
手続きを終え、
免許証が交付されるのを待っている時に、
ある写真が目に入った。
なんか見覚えがあるな~
と思いながらしばらく眺めていて、
ハッと気付いた。
あの時の男だった。
新しい免許証を受け取り、
寮へ帰る道すがら、
どうしようか迷ったが、
とりあえず交番に相談することにした。
というのも、
あの男が写っていた写真とは、
指名手配の写真。
それも、
殺人事件の指名手配写真だったから。
翌日、
自信はあったものの本当にあの男が
指名手配写真と同じだったのか・・・
仕事中ずっとモヤモヤしていた。
いつものように残業を終えて
寮に帰りテレビをつけると、
ちょうど特番の時期だったので、
指名手配者を取り上げた番組をやっていた。
しかも、すごく奇妙な偶然だが、
テレビをつけたちょうどその時、
その殺人事件の事を取り上げていた。
これには鳥肌が立った。
その番組の中では、
長年その男を追っていて
その男のことを熟知している、
という刑事が出ていた。
男がどんな逃亡生活を送っていると思うか
尋ねられた時、
刑事が言った一言で、
同一人物だと確信を持った。
「人の善意に寄生して生きているだろう」
コンビニ近くで金を貸してくれと言う男には、
くれぐれも気をつけて下さい。
その男は殺人事件で指名手配されている・・・
かも知れません。
(終)