コンビニでの夜勤中に

コンビニ

 

コンビニで夜勤のアルバイトをしていた時の話。

 

入って3ヶ月くらい経った頃のある晩、同じ夜勤の人でその日は深夜1時に上がる予定だった先輩が、「今日は明け方まで残ってもいいかな?」と私に訊いてきた。

 

うちの店は深夜1時までは二人制で、1時から翌朝6時までは一人での勤務になる。

 

「別に構いませんけど、どうかしたんですか?」

 

その日は特別な仕事も無く、残業をする理由などないはずだ。

 

「仕事じゃないよ。タイムカードももう押したしね。ただ事務所に居させてくれればいいんだ・・・」と先輩。

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黒く長い髪と女の足

レジ内の扉の先にある狭い事務所。

 

横に長いスペースには、事務用のパソコン机と更衣室、それに在庫品用の保管棚が並んでいる。

 

二人がなんとか通り抜けられるような部屋。

 

そんな場所にあと3~4時間も居たいと言うのだ。

 

「先輩の家すぐ近くでしたよね?歩いて5分くらいの。鍵でも失くしました?」

 

私が尋ねると、先輩は苦笑いを浮かべてこう言った。

 

「ちょっと確かめたいことがあるんだ。笑わないでくれよ」

 

先輩の話によると、一人で夜勤をしている際、事務所に居ると誰もいないはずの店内から「すみません」と声をかけられることがあるという。

 

来客を知らせるチャイムが風や振動などで誤作動を起こしたり、逆に人が入って来ても鳴らないということはたまにあることなので、「はーい、お待たせ致しましたー」とレジ内の扉から店に出ると、店には誰もいない。

 

また別の日、事務所で作業中に「すみません」と声をかけられ、今度は扉近くの事務机で作業をしていたため、すぐさま店に出るがやはり誰もいない。

 

さらに別の日、またしても聞こえてきた「すみません」の声に素早く防犯カメラのモニターを見るも、店内はもちろん、店のすぐ表を映しているカメラにも誰も映っていない。

 

こんなことが週に1~2度はあるのだという。

 

「キミはそんな経験ない?」

 

先輩は最後にそう尋ねてきた。

 

私も週に2回ほど夜勤をしているが、そんな事があった覚えはない。

 

私が首を横に振ると、先輩は「そうか・・・」と再び苦笑いを浮かべて、「とにかくよろしく頼むよ」と事務所に入っていった。

 

それから2時間が経ち、深夜3時。

 

その日は来客もほとんど無く、先輩の協力もあって作業も早々に片付き、私たちは事務室でお喋りをしていた。

 

珍客話が盛り上がり、私がのん気にも先輩が残っている理由を忘れかけていたその時、「すみません」と自分のすぐ後ろ、店内へと続く扉の向こうから声が聞こえた。

 

先輩の話を思い出した私が先輩を見ると、モニターを見ていた先輩は私の視線に気付いて首を振る。

 

やはり誰も映ってはいない。

 

内心焦りながらも、私が「レジ近くにもカメラの死角ありますし、一応確認してきますね」と店内へ出るために扉に手を伸ばすと、「待て!!」と先輩が突然声を張り上げた。

 

驚いて硬直した私に先輩は、「これ・・・」とモニターの一部を指差す。

 

先輩の指差す場所、モニターに映ったレジ内部・・・。

 

防犯カメラの死角ギリギリに映る事務所への扉の下半分、そこに黒く長い髪と女の足が映っていた

 

それも、立っているのではない。

 

カメラに映った部分からその女の状態を考えると、壁にしがみ付いているのだ。

 

壁に張り付いているような女の足。

 

そして、膝から上を覆い隠している長い髪。

 

モニターにはそこしか映っていない。

 

私は振り返れなかった。

 

自分のすぐ後ろの扉の、ちょうど私の胸元から頭頂部くらいまでの位置にある一辺50センチメートルほどの正方形の窓・・・。

 

マジックミラーになっていて向こう側からは覗けないはずだが、こちらを女が見ているような気がしたからだ。

 

「消えた・・・」

 

先輩の一言に我を取り戻すと、すでにモニターの中には誰も映っていなかった。

 

今度こそ本当に誰も・・・。

 

その後、私は先輩に頼み込み、私の勤務終了まで残ってもらうことになった。

 

それから月末までの半月の間、私は内心怯えながら勤務にあたったが、その後は例の声を聞くこともモニターにあの女が映ることもなかった。

 

そして翌月、先輩が店を辞めた。

 

気になってオーナーに話を訊くと、私と共にアレを見た次の日の晩、オーナーから防犯カメラの録画した映像を見る方法を確認し、翌朝には「辞めさせてほしい」と言い出してきたのだという。

 

「なんなんだろうねぇ。悪い事をしてたわけじゃないとは思うんだけど」

 

不思議がるオーナーから録画した映像の見方を聞き出し、私は一人になってすぐにその映像を見た。

 

「ああ・・・」

 

私は合点がいった。

 

それは先輩が残っていたあの日より前、先輩が一人で夜勤をしていた晩のこと。

 

誰も居ない店内からの声に応えて店に出る先輩が映った映像に、やはりソレも映っていた。

 

カメラの死角ギリギリの事務所への扉、その壁にしがみ付いているかのような女の足と髪。

 

そして、扉が開いて先輩が店内に出てくる。

 

その女をすり抜けるように・・・。

 

きっと先輩もこれを見たのだろう。

 

モニターを元の状態に戻し、私は次のバイト先を探すことを決めた。

 

結局その後、大学を卒業するまでの2年間をその店で夜勤を続けることになったのだが、その間もオーナーや後輩たちにそれとなく訊いてみたが変なモノを見聞きした人は誰もいなかった。

 

アレは一体何だったのか?

 

元々は先輩に憑いていたものだったのか?

 

あるいは先輩に付いていったのか?

 

見えないだけ、聞こえないだけで、今でもあそこにいるのか?

 

もう辞めてしまった私には何も分からない。

 

(終)

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