とあるキャンプ地で聞いた怖い噂 2/2

カヌー

 

なぜかというと、

 

それはベテランの地元インストラクター

Oさんのカヌーだったからだ。

 

Oさんのキャリアからすれば、

 

こうした状況など珍しくもないし、

安全のための装備も怠り無い。

 

入り組んだ大岩と木々で、

瀬の上から彼の姿は見えなかったが、

 

すぐに脱出して川沿いにのんびりと

下りてくるはずだ。

 

そのため、むしろOさんのことよりも、

流れていくカヌーとパドルの方が気になった。

 

操縦者を失ったカヌーは、

 

時々岩にぶち当たって方向を変えながら

流されていく。

 

さらに、下流の上陸ポイントには、

先行した部員たちがいるはずだが、

 

そこまでの間で何かに引っかかってしまうと、

探し出して回収するのが面倒だ。

 

車でサポートする側にまわっていた、

もう一人のインストラクターであるSさんは、

 

そう判断すると、

 

残ったマネージャーたちを車に乗せ、

上陸ポイントに先回りすることにした。

 

10分後、

 

Sさんが部員たちを集めて

事情を話していたちょうどその時、

 

転覆したままのカヌーが

対岸の水の淀んでいるところで、

 

ゴッ!という鈍い音と共に、

突然止まった。

 

「ったく、もう~、

本当にOさんも迷惑かけてくれるよな」

 

「まあまあ、Oだっておまえらの手前、

今頃バツの悪い思いをしてるよ」

 

それぞれ軽口を叩きながら、

 

Sさんと3人の部員がカヌーを捕まえようと、

水の中へ入っていった。

 

川の水はひんやりと冷たく、

カヌーの側まで来た4人は、

 

転覆しているカヌーをひっくり返して

起こそうと手をかけた。

 

「あれ?やけに重いなあ」

 

いつもなら簡単にひっくり返るはずのカヌーが、

この時は妙に重かった。

 

そこで号令をかけ、

一気に全員でひっくり返すことにした。

 

「いいか、いくぞ、いっせーの!」

 

4人は反動をつけて、

思い切りカヌーをひっくり返した。

 

・・・・・・

 

「うわあああああああ!!」

「キャアー!!」

 

そこには、

人間の胴体の断面があった。

 

上半身は無い。

 

断面と言っても、

強引に引きちぎられたような無残なもので、

 

下半身だけが、

カヌーの小さな操縦席に収まっている。

 

残された胴体には、

僅かに臓器がへばり付いていたが、

 

川の水で洗われたせいか、

 

そのほとんどを失い、

血の一滴も無かった。

 

チャプン、チャプン、と、

カヌーごと揺れながら、

 

それは水に濡れ、

夏の陽に光っていた。

 

器のように窪んだ、

その肌色の腹腔の内側に、

 

血の気のない血管が網の目のように

走っているのが見てとれ、

 

かえってそれが非現実的な

人体模型の内部のようだった。

 

カヌーが転覆した瞬間、

水中の岩に頭が激突したOさんは意識を失い、

 

そのまま急流に押し流され、

次々と岩が・・・

 

頭をもがれ、

腕をもがれ、

 

肩を削られ、

 

胴体を抉(えぐ)り取られて

しまったのだろうか・・・

 

誰もがその受け入れ難い現実に

呆然としていると、

 

真っ直ぐに起こされたカヌーが、

再び水に乗って流れ出した。

 

しかし、

もう誰も動く事ができなかった。

 

放心状態で、

ただ流れていく無人の・・・いや、

 

下半身だけが乗っているカヌーを

見つめていた。

 

いつしか、

カヌーは視界の遥か下流に消えていった。

 

「その後、

あらためて警察による捜索がなされたが、

 

結局は、そのカヌーも彼の下半身も、

ついに見つからなかったんだ・・・」

 

そこまで語ると、

 

そのSという管理人は

立ち尽くすAさんに背を向け、

 

上流の方へゆっくりと歩み去っていった。

 

(終)

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