祖先への謝罪

お気楽な学生だった頃。

季節はお盆。

 

新しい彼女ができて、

長年付き合った彼女と別れた。

 

しかし、元彼女の悲しむ姿を放っておけず、

最低なことに、元彼女の部屋に

ズルズルと連泊していた。

 

私は祝祭日や年中行事といったものに

全く疎い人間である。

 

ある夏の夜、元彼女は

既にスヤスヤと就寝していた。

 

私は彼女に気も遣うことなく、

さぞ眩しいだろうに、

電気を点けたまま彼女のPCで

パチパチとチャットを楽しんでいた。

 

冷房が快適で、

とても過ごしやすい部屋だったが、

午前3~4時頃だろうか、

急激に何故だか、

とても重苦しい気分が私を圧迫し始めた。

 

「さて、眠気かな」とも思ったが、

重苦しい空気は物凄い勢いで、

より強く私を包み込もうとするように感じられた。

 

広めの6畳の部屋にいるのは

私と元彼女だけなのだが、

部屋には大勢の気配を感じた。

 

何人いるかはわからない、

相当人数いそうだ。

 

私は身の回りをキョロキョロと、

何度も見渡したが何も見えなかった。

 

しかし、部屋の空気が歪んで行くような、

ただならぬ雰囲気が充満していた。

 

「いや、俺はだいぶ参っているらしい」

と何度も冷静になろうとしたが、場の雰囲気は

より一層耐え難いものになってくる。

 

得体の知れない見えない集団が

私を押しつぶそうとしていると、

何故だかわかったが説明はできない。

 

体的な痛みでもなく、精神的痛みでもなく、

適当か解らないが、「肝が絞り上げられる」

ような不快感が高まった。

 

窒息しそうなほど息苦しくなった。

 

「対抗しなければヤラレル!」

という動物的な興奮を憶えた。

 

異質な存在をビリビリと感じて、

霊体験にびびるというより、

自分が敵意あるモノに囲まれた

危険な状況にあると直観した。

 

彼女はこちら側に背中を向け、

スヤスヤと幸せそうに眠っている。

 

なんらかの反応行動を取りたくなかったので、

ずっとチャットしているノートのキーに

手を置いたままでいた。

 

押しつぶされそうな感覚に

「もう我慢の限界だ!!」

と目を強くつむった。

 

そのとき、右斜め前に口を外側に開けて、

逆さまにひっくり返して放置してあった

ダンボールが「ボン!ドカン!」と鳴り始めた。

 

ちょうど、ダンボールをパンチしたり

思いっきり蹴飛ばすとそんな音がでるだろう。

 

私は驚いて、いつでも一足飛びに飛び跳ねる

ことができるように腰を浮かす体勢をとる。

 

今考えれば恐ろしいが、ダンボールに顔を近づけ

神経を集中して観察した。

 

音源でありそなダンボールは、

微動だにしないのに音がする。

 

心底驚いてはいたが大層不思議に感じた。

 

それはいいとして、私を圧迫し

押さえ込もうとする空気は最高潮に達してきて、

限界を越えた私は「うわーーーー」と叫び、

眠りこけているその元彼女を揺すり起こした。

 

「・・・ぅぅなに?・・・どしたの?

ムニャムニャ・・・」

 

「んんん・・・んん!?ぁっれー、

なんでこんなにいっぱい人がいるの?」

と寝ぼけまなこで元彼女は言った。

 

「ええ!?どこに?え?だれが?」

私は元彼女が被っていたタオルケットを剥ぎ取り、

頭からすっぽり被りこんでベッドで丸くなって震えた。

 

私がひどく怯えてガタガタ震えているのを

見た元彼女は、そんな私が珍しいのか、

ひどく滑稽なものを見るように

元気良くケラケラと笑い、

「あー、もういなくなったよ?うん。

いないいない。帰ったみたい」と言った。

「は? え?」と思ったが、

とにかく無心に彼女に抱きついてベッドに入った。

 

いつもはひどく怖がりなその元彼女は、

ひどく狼狽している私を落ち着かせるために

私をトントンと叩きながら。

 

「そういえば、今日お彼岸の日だよね。

鹿鳴館に出てくるような格好した

人たちが大勢いたよ」とポツリと言った。

 

元彼女の先祖の系統で、

戦前に総理大臣が出たんだよ、

という自慢を前に聞いていた。

 

お彼岸の日に元彼女は、よく似たような霊を

見たり身近に感じると言った。

 

それは怖くないらしい。

(他は全く霊感が働かないらしい)

 

後日、「俺ってやっぱ歓迎されてないんだろうな、

元彼女の祖先の霊たちに・・・」

と一人で納得した。

 

今考えてみて、私が浮気しても散々振り回しても、

彼女は常に笑顔で元気に振舞っていた。

 

彼女はどれくらい苦しんだのだろうか・・・、

心が痛む。

 

私をやりこめたのは、誇りある祖先なら当然だ。

私は心の中で謝罪した。

 

(終)

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