家に連れて来てしまったモノ 2/2
いわく、夜に携帯が何度も鳴って、取ろうとする度に切れる。
しかも非通知。
イライラしているうちにたまたま繋がると、変な女の声がして、その後にチャイムが鳴ったらしい。
見に行ったが誰もおらず、気味が悪くなって布団に入ったら、窓の外に何かの気配を感じた。
家の周りには、防犯用に砂利が敷いてある。
もし誰かが居たならその音がするはずなのに、何の音もなくただ気配だけがしていて、そのうち犬のようなハッハッと息の音がし始め、パニックになり始めた頃に俺からの電話があったらしい。
そこで、電話を代わった奴が今隣にいるそいつだと気付いたらしく、また怒り出した。
「大丈夫とか言って全然大丈夫なんかじゃなかったよ!窓とかコンコン叩くし、いつまで経っても居なくなんねぇし!なんなんだよあれ!」
奴は捲くし立てる弟をまあまあと制し、しれっとした顔をして、「窓開けなくて良かったな。開けてたらお前、今頃ただじゃ済まなかったかも知れないぜ?それに、朝になったら居なくなったろ?」と言った。
そう言われて、弟は言葉に詰まったようだった。
恐怖が甦ったのか、俺のシャツを強く掴んでいる。
そんな弟を見て、奴はどっかり腰を下ろした。
「一応家の周り見てみたんだけど、確かに何か居たね。さっき言ってた犬と、女かな。あ、今は居ないぜ。諦めて帰ったみたいだ。お前、最近犬とか見なかった?」
見なかったかと言われても、近所には犬を飼っている家なんて沢山ある。
おのずと見る機会はある。
弟もそう言ったが、そこでふと思い出したらしく、ぼそっと「学校の帰りに犬の死体を見た」と言った。
この辺はわりと田舎で、山の近くではよく動物を見かける。
最近では野良犬も増えていて、たまに車に撥ねられた死体を見かけることがあった。
だが、それも稀とはいえ、よくある事だった。
その時も、弟は「嫌なもん見ちゃったな」くらいの気持ちだったらしい。
「その犬ってさ、黒くてデカくなかった?」
奴が言うと、弟は恐る恐る頷いた。
「でさ、そこって前に人死んでね?女」
それには俺が頷いた。
確かに弟の通学路では、何年か前に交通事故があった。
改めて弟にその犬の死体のあった場所を訊くと、まさに同じ場所だった。
俺は気味が悪くなり奴を見ると、奴は「それそれ」と言って弟を指差した。
「それ、連れて来ちゃったんだよ」
俺と弟は沈黙してしまった。
理解の範疇を越えた奴の話に付いて行きかねた。
大体、そこを通り掛かっただけで、なんで連れて来るとかいう話になるんだ。
・・・・・・。
沈黙を破ったのは弟だった。
「なんで付いて来るのさ。俺は全く関係ないじゃん!」
「何か波長が合っちゃったんじゃね?」
「波長って・・・」
「たまにいるんだよね~。そうやって連れて来ちゃう奴って」
俺はなんだか奴が薄気味悪くなってきた。
態度のデカさもそうだけど、この状況と、こいつの口調の軽さとのギャップが気持ち悪かった。
「ま、でも家の造りもしっかりしてるし、方角も悪くないし、しばらくしたら諦めていなくなると思うよ。中に入れない限りな」
そう言うと、奴はヤレヤレといった感じで立ち上がると、「じゃ俺帰るわ。○○さん送ってってよ」と部屋を出ていった。
時計を見ると、もう8時を過ぎていた。
俺は「今日はもう学校行きたくない」と言う弟に無理矢理支度させ、車に押し込んだ。
助手席にはちゃっかり奴が乗り込んでいる。
件の道は避け、始業にやや遅れて学校に送り届けた後、奴の車が置いてある職場まで送っていった。
奴は降り様に、「○○さん、明日のシフト代わってあげるよ。弟に付いててやれば?」と言った。
いい奴なんだか嫌な奴なんだか分からない・・・。
「すまん」と礼を言うと、人の悪い笑みを浮かべて、「今度、酒奢ってくださいよ、○○先輩♪」と言い残し、自分の車に乗り込むとさっさと行ってしまった。
とりあえず俺はまた実家に戻り、弟からの連絡があるまで爆睡し、迎えに行きがてら花と線香を買うと、帰りにその犬の死体があったという場所で、二人で両手を合わせて帰ってきた。
その晩は二人して仏壇のある部屋で寝て、次の日も学校まで送り、出張から帰ってきた親父に事の顛末を簡単に説明すると、バトンタッチして自分のアパートに帰った。
その後は特に何もない。
事務所で奴と顔を合わせた時に、いつ飲みに行くかを聞かれただけだった。
(終)