家に連れて来てしまったモノ 1/2

住宅街

 

ひと月くらい前、夜勤の仕事をしていた時の事。

 

二人一組で仕事をするのだが、その時の相棒は入って研修を終えたばかりの新人。

 

俺はそいつとは、就任の時に顔合わせて挨拶した程度。

 

愛想がいい訳でもなく、特に個人的な付き合いがある訳でもなかった。

 

その日、偶然そいつと組むことになったのだが、当然話題なんかない。

 

まあ俺も沈黙が苦手とかではなかったので、特に話もせず待機していた。

 

すると、そいつがおもむろに、「○○さん、あんた弟いるよね?」と訊いてきた。

 

しかもタメ口で。

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その時、弟の身に起きていた事

こいつにプライベートな話なんてしたことないし、話すつもりもなかったから、急にそんな事を言われて「はあ?」となった。

 

まあ、会社の誰かが話したかも知れないが。

 

なんだコイツ?と思いながら様子を窺っていると、「離れて住んでるんだよな?」と言った。

 

確かに俺は実家を出て、会社の近くで一人暮しをしている。

 

その方が不規則なシフトの仕事には便利だからだ。

 

「だからなんだよ」と俺が警戒しつつ答えると、そいつは唐突に、「あんたの弟、今なんか怖い目に遭ってるみたいだぜ」と言い出した。

 

俺がさらに不信感丸出しでそいつを見ていると、フンと鼻先で笑いながら、「嘘だと思うなら電話でもしてみたら?」と言った。

 

日付も変わったあたりなので、寝てるだろう弟を起こすにもしのびない。

 

まだ学生だし、翌日は学校もある。

 

そう逡巡していると、そいつは飄々とした顔で、「ま、信じないならそれでもいいけど、今頃弟は泣いてんだろうな」と言った。

 

その態度にムカッときた俺は、弟に電話をかけてみることにした。

 

何コールかして出なかったら、寝ていることにして切るつもりだった。

 

なんだか釈然としないまま弟の携帯に電話をかけると、驚いたことに何回もコールしないうちに弟が出た。

 

「あ、兄貴?!どうしよう、家の外になんかいるんだよ・・・。足音聞こえないのになんかいるんだ。すげーこえぇよ。どうしよう、兄貴。親父もいないし俺一人でどうしよう・・・」

 

なんだかこっちがビックリするくらい動揺している。

 

とりあえず落ち着くように言い、何があったのか聞くことにした。

 

横目で相棒を見ると、小馬鹿にしたような顔で俺を見ている。

 

なんだか気味が悪かった。

 

弟の話を聞くと、変な電話がかかってきたと思ったら、いきなりチャイムを鳴らされた。

 

見に行っても誰もいないのに、家の周囲を誰かが窺っている気配がする。

 

それに、犬みたいな息遣いが聞こえるとの事。

 

怖くて仕方なくなってきたところで、俺からの電話がかかってきたそうだ。

 

にわかには信じられない話だが、隣に座っている男の意味ありげな言葉と、現実に弟が怖がっている様子からして、何かが起こっているのは確かなようだった。

 

しかし俺は仕事中だし、親父は出張で県外に出ている。

 

すぐ助けに行くわけにはいかなかった。

 

どうしようと思いながら一生懸命に弟を宥めていると、横からひょいと携帯を取り上げられた。

 

「何しやがんだ!」と隣を見ると、そいつはまた飄々と話し出した。

 

「あ、君の兄貴の同僚。外になんかいるんでしょ?とりあえず家の中にいれば安全だから。夜が明けるまで我慢しててよ。大丈夫だって。布団被って寝ちまえばすぐ朝だよ」

 

このあまりの口調の軽さに、思わず携帯を取り返そうと手を伸ばしたが、一足先に切られてしまった。

 

取り上げて慌ててリダイアルしようとすると、「さ、仕事仕事~」と車を下りてさっさと行ってしまった。

 

イライラと不安と焦りとで、やっと仕事から解放されると、俺は着替えもそこそこに実家へ向かうことに。

 

実家は車で40分くらいのところにある。

 

もう夜は白々と明け始めていた。

 

と、そこへ奴まで付いてきた。

 

俺はムッとし、「・・・て、何でお前が来るんだよ!」と言うと、「弟のピンチ教えてやったの俺じゃん」と、ニヤニヤして人の悪い笑みを浮かべていた。

 

本心ではかなり嫌だったけれど、確かにこいつのお陰で弟の異常を知ることが出来たのは間違いない。

 

勝手に助手席に乗り込んだ奴を無視して、俺は車を出した。

 

俺の実家は古い平屋で、ガキの頃から住んでいる。

 

親父の趣味で庭はこざっぱり整えられている。

 

玄関周りに異常はない。

 

俺は中に入ると、すぐさま弟の部屋へ向かった。

 

弟は部屋で布団に潜ったまま、俺の顔を見るなり凄い勢いで泣き出した。

 

普段は生意気で気が強い弟が、まるで小さい子供みたいに俺に縋って泣き出した。

 

それほど怖い思いをしたという事だろう。

 

何があったのか聞こうにも、泣きじゃくって止まらない。

 

俺はどうしていいか分からなくて、ただ呆然と弟の背中を撫でるしかなかった。

 

すると、いつの間にか奴が部屋に入って来ていて、面白そうに俺達を見下ろしていた。

 

俺はその態度に再びムカついた。

 

「一体なんなんだ!」と、そして「お前が何かしたんじゃないのか?!」と怒鳴りつけた。

 

奴はまた小馬鹿にするように笑って、「そんな訳無いじゃん」と言った。

 

「しっかりした家で良かったな。じゃなきゃ今頃大変なことになってたかもな」

 

俺は意味が分からず、たぶん相当嫌な顔をしていたと思う。

 

奴は苦笑いをして弟の顔を覗き込んだ。

 

「で、どうやって連れて来ちゃったわけ?」

 

弟はもうだいぶ落ち着いたみたいだったが、その質問の意味が分からないみたいで、怪訝な顔をしていた。

 

しばらくして怒りが湧き上がってきたのか、「知らねぇよ!連れて来るってなんだよ!お前誰だよ!」と毒づいた。

 

そのあたりでやっといつもの弟に戻ったので、俺は何があったのかを尋ねた。

 

だが、弟にも何が起こっていたのかよく分かっていないようで、電話で聞いたのとあまり変わらない答えしか得られなかった。

 

(続く)家に連れて来てしまったモノ 2/2

 

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