海で出会った最初で最後の魚
皆さんも御存知の通り、海には妙な生き物が沢山いるみたいですが、その中の一つに出会ったという父の話を。
「ようけ魚見てきたけど、いろんな海にはもっと凄いのがおるだらぁなあ。多分まだ100分の1も見てないけん」
・・・と、苦虫を噛み潰したような顔をする父。
これは、父が自分が出会った最初で最後の魚の話です。
これはヤバいもんだ!
ある年のお盆も過ぎた頃、父と父の友人はイカ釣りに出かけました。
(もうこの頃は、同じ時刻に毎日のように出かけます。だいたい夕暮れ前に出て、夜10時前後に戻ってくる)
その日、父はいつもより早く帰って来ました。
どれくらい釣れたのかと見てみると、なんとゼロ。
大漁の時は、他の同じ規模の船の倍、他の船が水揚げがナシでも、何かしらの成果で帰ってくる、地元でその道の人の中では有名な父です。
はっきり言って、こんな事はあり得ません。
私は何かがあったのだと思いました。
(船のトラブル?海が時化(しけ)てきた?)
すると父は、コップに冷や酒を注ぎながら語り出したのです。
その日はとても良い凪ぎで、外海に出てもあまり波もなかったそうです。
イカ釣りは、仕掛けと明かりが命だといいます。
船の照明をこうこうと焚き、その光に海中の虫や小魚が集まり、それらにイカが・・・というように。
いつものように明かりを焚き、いつものようにいろんなものが集まって来たので、頃合をみて仕掛けを下ろしました。
その時、友人が何かを発見して父を呼んだそうです。
まだ何メートルか下にいるソレを、父と友人は暫く眺めていました。
ソレは暫く時間をかけて、ふわ~っと海面近くまで上がってきて、やっとその姿らしきものがハッキリしてきました。
皆さんはカワハギという魚を御存知でしょうか?
なかなかユニークで顔はかなりマヌケです。
そして、この魚は釣り上げると分かるのですが、「ブィ、ブィ」というような鳴き声を発します。
ソレは、そのカワハギを真横にしたような姿で、目もおかしな位置に付いているのが見てとれます。
(ヒラメやカレイのような位置ではなく、ちゃんと両サイドに付いている)
そしてソレらは四匹で、一匹を先頭に綺麗なひし形の群を成していました。
一匹の全長は40センチ位でしょうか。
「見たことないなぁ、気持ち悪りぃ」と思いながらも、父は自分の興味を抑えきれず、タモを持ち出しその中の一匹を掬い上げました。
ソレはあっさり引き上げられ、船の上に放り出すと、「ギギギィィィ!!」と、今までに聞いたこともない声で鳴いています。
それもかなり大きな声で。
もう絶叫と言っていい程の声。
父はその魚をジーっと見てみました。
それには瞼(まぶた)も付いていました。
二度三度瞬きらしきものをしたかと思うと、父はおもいっきり睨まれたそうです。
その時に父は何故か直感で、「もう一匹おる!」と思ったそうです。
その瞬間、船が凄い横波をくらい、ほぼ真横に90度近く傾きました。
父は「これはヤバいもんだ!」と感じ、急いでソレを海に放ちました。
凄い横波は一度で収まりました。
父は一息つき、船の周りの様子を調べ始めました。
・・・おかしいのです。
さっきの魚はおろか、先ほどまでいた虫やら小魚すら一匹もいません。
それに、海が不自然に暗いのです。
父は悟りました。
今、船の下には、船より大きな何かがいると・・・。
海でパニックになると大変な事になるのを知っている父は、まだ何も気付いていない友人にそれを悟られぬよう、船の中央近くに呼び、「変なもん見たけん、ちょっと酒でも飲むか」と、しばしの酒盛りを始めたそうです。
そしてしばらくすると、また虫や小魚が集まり始めたのが分かり、その後しばらく釣りをしたもののアタリもなく、父と友人は早めに帰ったとの事でした。
「まぁ、あんなもんもおるわな」と、父は酒を片手に笑っていました。
そんな父の夢は、この歳で口にする言葉じゃないのですが、「シー・ハンター」です。
何処で覚えてきたのか、それ以来「カッコイイ」と連呼しています。
(終)