中国で見た物乞いの少年
6年前、高校生だった俺は、2年生全員で修学旅行へ行った。
行き先は中国、主に北京。
万里の長城やら京劇のOB楽隊の演奏やら見て、初日は終了。
2日目の天安門広場を見に行った後に、休憩がてら寄ったのが『景山公園』。
そこには、ビックリするほどの物乞いさんが沢山いた。
田舎者の俺にはカルチャーショックだった。
友人のYは憑かれていたのか?
中でも一番目を引いたのが、スケートボードにあぐらで座り、ボードの先端にバケツを置いた幼い男の子だった。
男の子には右腕が無くて、汚いトレーナーの右袖口が縛ってあった。
残っている左手で地面を弾くようにして、人から人へ移動して物乞いをしていたんだと思う。
そんな時、若干DQN感のある俺の友人Yが颯爽(さっそう)と現れた。
紹介すると、Yは調子に乗ると度が過ぎた行動を取ることで有名だが、反面かなりヘタレでビビリな何か残念な奴。
今回、宿泊先の部屋も同室だ。
「何見てんの?」と聞いてくるので、スケボー少年を指差し、「中国って大変なんだな」みたいな事を言っていたら、Yはスケボー少年に興味津々。
俺の静止を聞かず、スケボー少年に向かって行った。
なにやってんだあいつ?と思っていたら、Yは財布から一元札を3枚ほど取り出して、ニヤニヤしながら「入れようかな~」みたいな感じで少年をからかう様にヒラヒラさせていた。
事前に俺達は、「物乞いが群がって来たりすると面倒な事になるから金はなるべく出すな」と注意を受けていた。
しかしYはお構いなしに、スローイングをするように一元札を少年のバケツに投げ入れようとした。
が、一元札はバケツの淵に当たってしまい、狙いは外れて地面に落ちた。
次の瞬間、「ワワワッ!」と周りにいた物乞い達がそれを拾いに集まりだした。
スケボー少年はバランスを崩して、バケツもひっくり返した。
バケツからは小銭が散らばり、それを取ろうとさらに他の物乞いが寄って集った。
そんな渦中で、Yは顔面蒼白になって困惑していた。
その後、公園警備員さんのような人や、担任やガイドさんが駆け付けて、青くなっているYを救出。
警備員とガイドさんが何やら話していたが、Yは担任に連れていかれた。
その後ろで少年がぐったりと倒れているのを見て、俺は戦慄した。
正直、「死んでるんじゃねえか?」とも思った。
少年を心配して色々考えていたら、俺も誘導されてバスに向かった。
担任の誘導でバスに乗り込み、ホテルへ向かう事に。
Yのバスの席は、部屋割りと同じで俺の隣だ。
彼は窓側、俺は通路側。
担任に絞られたのか、はたまたショックが抜けないのか、Yはまだ青い顔のままだった。
そっとしといてやろうと、俺は隣でゲームボーイで遊んでいた。
その1時間後くらいだったと思う。
Yが突然飛び跳ね、「うひぃ!」と声を出した。
続けてYは、「あれ?!今、アレがいた!」と言うから、俺は「何が?」と聞いた。
すると、「あのスケボーの物乞いが歩道から睨み付けていた」と。
でも、景山公園からは何キロも離れているし、「そんなことあるわけがない。他人の空似か見間違いだろう」と宥めた。
ナーバスになって幻影を見たんだろうと思った。
だけど、Yの顔はまだ青いままだった。
ホテルに着いてから、部屋に入ってもまだ顔の青いYを売店に誘った。
そうすれば気が紛れるかなと思ったからだ。
エレベーターで1階に降りて、ロビーを抜け、真っ直ぐ歩いて突き当たるT字廊下の左の先に売店はあったのだが、俺はトイレに行きたくなって、廊下の途中にあるトイレに行かないか?と聞いた。
が、Yは「一人で行け、俺は先に売店へ行く」と。
その時のYは少し落ち着きを取り戻していた気がする。
俺はそうかとトイレに入り、便器に向かって用を足そうとしたら、「ギィヤァー!!」という感じの叫びが聞こえた。
尿意が引っ込んだ俺は、急いでトイレを出た。
すると、3メートルほど先で壁に張り付いていたYが、「すいません、すいません・・・」と言いながら震えていた。
「どうしたんだ?」と聞いてみたら、「あ、あの、アレが!い、いた! 廊下を横切って!」と、いまいち要領を得ないが、その後の説明でなんとなく分かった。
T字廊下の先を、隻腕のスケボー少年が売店側から横切って右側へ行ったらしい。
手で地面を狂ったように叩きながら。
「そんな馬鹿な!」と俺は、T字廊下の突き当りまで進んで左右を見回したら、左は売店、向かい側は表記を見る限りボイラー室だったと思う。
そこは立ち入り禁止だった。
すると、売店からちょうど担任が出てきたので、「先生、さっきこの辺に誰かいました?」と聞いた。
「いいや、お前ら以外には今のところ見とらん」と言うので、事の経緯を話したら、青くなっているYを説教じみた宥め方で慰めていた。
そんな二人を尻目に、俺は例のソレが消えていったという方に向かった。
ただの好奇心で。
ボイラー室の扉には鍵が掛かっているし、一般人が入れそうにもない。
事実上、行き止まりだった。
でも、なんとなく気になったから隈なく辺りを見ていたら、見つけた。
偶然だとしても、戦慄した。
ドアストッパーの横に、クシャクシャになった一元札が落ちていた。
ゾッとした気分だったが、何故か財布の中にそれを拾い入れた。
Yにも担任にも何も言わなかった。
この時の一元札は、今でも俺の家にある貯金箱に入っている。
幸いにも、その後は特に何も起こっていない。
(終)