朝の通勤電車を待つ地方駅のホームにて
朝の通勤電車を、ある地方駅のホームで待っていた。
何気なくベンチに目をやると、和服の上に毛皮のオーバーを羽織った爺さんが深く腰掛けて、大きく背もたれに寄りかかる姿が目に付いた。
茶色っぽいマフラーをグルグルに顔にまで巻き付けて、鼻より上しか見えない。
出ている額は凄くシワが深くて、薄くなった白髪がきちっと撫で付けられている。
私は5メートルくらい離れた所にいたのだが、なぜかその爺さんのことが気になって目を離すことが出来ずにずっと見ていた。
その時、「まもなく電車が入る」という駅のアナウンスがあった。
すると、爺さんは横に立てかけていたステッキを手に取ると、それを右手に持って前方斜めに突き出し、チョンチョンと前に押すような仕草をした。
そのステッキの先には、通学中であろう女子高生が一人いる。
女子高生は寒そうな手で携帯を弄っていたのだが、急にガクンと腰が砕けたようになると、勢いよく前方へ倒れ、そのまま両手を拡げて線路に落ち、そこに列車が走り込んだ。
ホームは騒然となり、乗客が列車の下をホームから覗き込んだり、駅員も走って駆け付けて来た。
私は呆然としてその場を動けずにいたが、ふと我に返ってベンチを見ると、爺さんの姿がない。
その時、私のすぐ後ろから突然声がして、「お前、見てただろ。死神なんかじゃないぞ。念動力だ。ワシは肺ガンでな、もう長いことはないから、死ぬまでに若い人をもう何人か道連れにさせてもらうよ」と言われた。
(終)