親戚のおじさんが肉を食べない怖い理由
これは、親戚のおじさんにまつわる話。
彼は肉を食べない。
菜食主義者な訳ではなく、ただ単に好きではないだけだと言う。
その証拠に魚は好物で、メザシや一夜干し等の干物は食卓に欠かさない。
サンマの時期になると、さも旨そうに2本は平らげる。
そんなおじさんに、「なぜ肉が嫌いなのか?」と聞いた事がある。
話してもいいがお前も肉が食べられなくなるかもしれないぞ、という答えが返ってきた。
そんな酷いトラウマがあるのかと内心怯んだが、何の事は無い。
昔、おじさんが結婚するよりも以前に、屠殺場で働いていたのだと言う。
毎日家畜を解体していて気持ち悪くなったのか、それとも現場の杜撰(ずさん)な衛生管理を知っているので食う気になれないのか。
なんだ、そんな事かと口にすると、「いや、そうじゃないんだ・・・」と、おじさんは何とも言えない顔をした。
屠殺するところから解体するところまで一通りの事はやった。
そして毎日毎日牛や豚を殺しては解体するのを繰り返してるとな、そこでおじさんは言葉を区切り、煙草に火をつけた。
・・・ちょっと頭がおかしくなってくるんだ。
いや、気が狂うって訳じゃないんだ。
物の見方が変わると言うか、考え方が変わると言うか。
ふぅと煙を吹き出して、おじさんは続ける。
人と会って話をしてる時でもな、相手の解体法を考える様になってくるんだ。
まぁ一種の職業病だな。
「ここを殴れば一発で死ぬな」とか、「関節のこの部分に刃を差し込んで捻れば切り離せるな」とか、「あぁこの人は太ってて食べられる所は意外と少ないな」とか、「この人は痩せてて肉が固そうだな」とか。
無意識にそう相手を見る様になってくる。
その頃に今のカカアと知り合ってな、こりゃマズいってんですぐ仕事辞めたんだ。
嫌だろ?これから嫁にしようかって相手の解体法を考えてちゃ。
そりゃ確かに嫌過ぎる。
まぁそれだけが理由じゃないんだがな、とおじさんはさらに続けた。
それまでは解体法を考えるだけで済んでたんだが、ほれ、うちのカカア、今でこそ太ってあんなだが、当時はスラっとしててなぁ。
うっかり「旨そうだな」と思っちまったんだ。
そう言って、おじさんは短くなった煙草を灰皿でもみ消した。
(終)