テーブルの上に正座する女 1/2
幼い頃に体験した、
とても恐ろしい出来事です。
当時、私は小学生で、
妹、姉、母親と一緒に、
どこにでもあるような小さいアパートに
住んでいました。
夜になったらいつも畳の部屋で、
家族揃って枕を並べて寝ていました。
ある夜、
母親が体調を崩し、
母に頼まれて私が消灯を
することになったのです。
洗面所と居間の電気を消し、
テレビ等も消して、
それから畳の部屋に行き、
母に家中の電気を
全て消した事を伝えてから、
自分も布団に潜りました。
横では既に妹が寝ています。
普段よりずっと早い就寝だったので、
私はなかなか眠れず、
しばらくの間ぼーっと
天井を眺めていました。
すると突然、
静まり返った部屋で、
『カン、カン』
という、
変な音が響いだのです。
私は布団からガバッと起き、
暗い部屋を見回しました。
しかし、
そこには何もない。
『カン、カン』
少しして、さっきと同じ音が
また聞こえました。
どうやら、
居間の方から鳴ったようです。
隣にいた姉が、
「今の聞こえた?」
と訊いてきました。
空耳などではなかったようです。
もう一度、
部屋の中を見渡してみましたが、
妹と母が寝ているだけで、
部屋には何もありません。
おかしい・・・。
確かに金属のような音で、
それもかなり近くで聞こえた。
姉もさっきの音が気になったらしく、
「居間を見てみる」
と言いました。
私も姉と一緒に寝室から出て、
真っ暗な居間の中に入りました。
そしてキッチンの近くから、
そっと居間を見ました。
そこで私達は見てしまったのです。
居間の中央にあるテーブル。
いつも私達が食事をしたり
団欒したりするところ。
そのテーブルの上に、
人が座っているのです。
こちらに背を向けているので、
顔までは分かりません。
でも、
腰の辺りまで伸びている
長い髪の毛、
ほっそりとした体格、
身に着けている
白い浴衣のような着物から、
女であるということは分かりました。
私は、ぞっとして
姉の方を見ました。
姉は私の視線には
少しも気付かず、
その女に見入っていました。
その女は真っ暗な居間の中で、
背筋をまっすぐに伸ばしたまま、
テーブルの上で正座をしているようで、
ぴくりとも動きません。
私は恐ろしさのあまり、
足をガクガク震わせていました。
声を出してはいけない、
もし出せば恐ろしい事になる。
その女は、
こちらには全く振り向く
気配もなく、
ただ正座をしながら
私達にその白い背中を
向けているだけだった。
私はとうとう耐え切れず、
「わぁーーーーーっ!」
と大声で何か叫びながら
寝室に飛び込んだ。
母を叩き起こし、
「居間に人がいる!」
と泣き喚いた。
「どうしたの、こんな夜中に」
そう言う母を引っ張って、
居間に連れていった。
居間の明りを点けると、
姉がテーブルの側に立っていた。
さっきの女はどこにも居ません。
テーブルの上もきちんと
片付けられていて、
何もありません。
しかし、
そこにいた姉の目は
虚ろでした。
今でもはっきりと、
その時の姉の表情を
覚えています。
私と違って、
彼女は何かに怯えている
様子は微塵もなく、
テーブルの上だけを
じっと見ていたのです。
母が姉に何があったのか
尋ねてみたところ、
「あそこに女の人がいた」
とだけ言いました。
母は不思議そうな顔をして
テーブルを見ていましたが、
「早く寝なさい」
と言って、
3人で寝室に戻りました。
私は布団の中で考えました。
アレを見て叫び、
寝室に行って母を起こして
居間に連れて来たちょっとの間、
姉は居間でずっとアレを
見ていたんだろうか?
姉の様子は普通じゃなかった。
何か恐ろしいものを見たのでは?
そう思っていました。
そして次の日、
姉に尋ねてみたのです。
「お姉ちゃん、
昨日のことなんだけど・・・」
そう訊いても姉は何も答えません。
下を向いて沈黙するばかり。
私は、
しつこく質問しました。
すると姉は小さな声で、
ぼそっと呟きました。
「あんたが大きな声を出したから・・・」
それ以来、
姉は私に対して冷たくなりました。
話し掛ければいつも明るく
反応してくれていたのに、
無視される事が多くなりました。
そして、あの時の事を、
再び口にすることはありませんでした。
あの時、
私の発した大声で、
あの女はたぶん、
姉の方を振り向いたのです。
姉は女と目が合ってしまったんだ。
きっと、想像出来ない程、
恐ろしいものを見てしまったのだ。
そう確信していましたが、
時が経つにつれて、
次第にそのことも忘れていきました。
中学校に上がって
受験生になった私は、
毎日決まって自分の部屋で
勉強するようになりました。
姉は県外の高校に進学し、
寮で生活していたので、
家に帰って来ることは
滅多にありませんでした。
ある夜、
遅くまで机に向かっていると、
扉の方からノックとは違う、
何かの音が聞こえました。
『カン、カン』
かなり微かな音です。
金属っぽい音。
それが何なのか思い出した私は、
全身にどっと冷や汗が吹き出ました。
これはアレだ!
小さい頃に母が風邪をひいて、
私が代わって消灯をした時の・・・。
『カン、カン』
また鳴りました。
扉の向こうから、
さっきと全く同じ金属音。
私はいよいよ怖くなり、
妹の部屋の壁を叩いて、
「ちょっと、起きて!」
と叫びました。
しかし、
妹はもう寝てしまっているのか、
何の反応もありません。
母は最近ずっと早寝している。
とすれば、
家の中でこの音に気付いて
いるのは私だけ・・・。
一人だけ取り残されたような
気分になりました。
そしてもう一度、
あの音が。
『カン、カン』
私はついに、
その音がどこで鳴っているのか
分かってしまいました。
そっと、
部屋の扉を開けました。
真っ暗な短い廊下の
向こう側にある居間。
そこはカーテンから漏れる
青白い外の光で、
ぼんやりと照らし出されていた。
キッチンの側から居間を覗くと、
テーブルの上にあの女がいた。
幼い頃に姉と共に見た記憶が、
急速に蘇ってきました。