テーブルの上に正座する女(続編) 2/2
私はうろたえながらも、
「まだアレだって決まった訳じゃ・・・」
と姉を宥めようとしました。
すると、
姉は泣き顔のまま
私の顔を睨み、
「あんた、お母さんのこと、
美香(妹)から聞いてないの?」
と凄みのある声で迫って来ました。
お母さんのこと?
妹から?
話の方向が見えず、
当惑しました。
今さっきだって、
母の作ったおいしいビーフシチューを
食べたばかりだった。
母の様子に何もおかしいことなんて
なかったし、
妹も普段通りだったように見えた。
焦りを隠せない私に向かって、
姉は涙を拭いながら言いました。
「時々、夜中に家をこっそり
出て行くんだって。
詳しいことは美香に聞いて」
ただならぬ姉の話を聞いて、
私はすぐ妹の部屋に行き、
問いただしました。
「お母さんが夜に外に出てるって、
どういう事?」
「ああ、おねえに聞いたんだね。
本当なんだよ。
何なら一緒に見る?」
その夜、
私は妹の部屋に入れてもらい、
妹のベッドの隣に布団を敷き、
ぼんやりと天井を眺めながら
時間が経つのを待ちました。
妹の話では、
母が家を出る時間は
大体決まっていて、
1時過ぎ頃に家を出て、
10分程度で帰って来るとの事でした。
最初、
母の外出に気付いた妹は、
気分転換がてら、
外にタバコを吸いに行っている
ものと思ったらしく、
特に気に留めず
そのまま寝ていたらしい。
しかし、
雪が降るほどに寒くなってからも
母の外出は続いた。
そのことを母に聞くと、
「何のこと?」
という反応。
とぼけている様子もなく、
自分が深夜に外出していること自体、
全く自覚がなさそうだというのだ。
不審に思った妹は、
母の後をこっそり付けたのでした。
「そろそろだよ」
妹が言うと、
私は耳を澄ませた。
すると間もなく、
ドアを一枚隔てた廊下側で、
何やら人の気配がした。
ガサガサと玄関の辺りで
物音が聞こえた。
おそらくブーツを履いている
のだろうと思った。
そしてキィーという音と共に、
コツコツコツという足音。
間違いなく今、
外に出た。
私と妹は顔を見合わせ、
なるべく音を立てないように
ドアを静かに開け、
忍足で玄関に行った。
鍵は掛かっていなかった。
妹は注意深くドアノブを握り、
そっとドアを開けた。
真っ暗な路地。
街灯と月明かりだけが頼りだった。
母はどこに行ったんだと妹に聞くと、
驚いたことにすぐ近くにいるという。
嫌な予感がじわじわとしていた。
家から100メートルほど進んだところ、
路地を照らす街灯の下に母はいた。
母は電柱の周りをぐるぐると回っていた。
散歩のようにゆったりと
歩くようなペースではなく、
かなり速い早歩き。
あるいは駆け足のような
ものすごいスピードで、
ぐるぐるぐるぐる回っていた。
昼間に見せてくれていたような、
朗らかで優しげな表情は
今やどこにもなく、
遠目に見ても、
般若のような鬼の形相にしか
見えなかった。
あまりの恐ろしさに
呆然としていると、
妹は「もう帰ろう」と促すと同時に、
「たぶん、あと10分くらい
続くから、あれ・・・」
と付け加えた。
ものすごく怖かった。
母の異常な姿を目の当たりにして、
私はようやく事の重大さに
気付き始めた。
『あなたも・・・
あなたたち家族もお終いね、
ふふふ』
今頃になって、
あの女のおぞましい言葉が
頭の中で繰り返されました。
妹よりも一足早く
家に帰ってきた私は、
居間の電気を点けようと、
壁を探りました。
大体この辺にスイッチがあったのに・・・
そう思いながら手探りしていると、
指先に角ばったプラスチックの
感触が伝わった。
それとほぼ同時に、
真っ暗な空間で『カン、カン』という
音が響き渡った。
あっ、と思った時には
すでに遅く、
私は壁のスイッチを
押してしまっていました。
白い光で照らし出される居間。
強い光に目が慣れず、
私は反射的に目を細めた。
テーブルの上には、
白い着物を着た女が座っていた。
こちら側に背を向けているので、
顔までは分からなかった。
現実感がまるでなく、
冷静な思考が出来ませんでした。
テーブルの上に女が正座している
だけでも異常なのに、
点灯したばかりの室内灯に
明順応しきれていない私の目には、
居間の空間全体が
奇妙なものに映りました。
嫌な汗がどっと吹き出ているのを、
体に張り付く衣服で感じていました。
何分・・・
いや何秒そうしていたか
分かりませんが、
私の指が再びパチンと
スイッチを押すと、
居間は真っ暗な闇に飲まれ、
何も見えなくなりました。
そしてちょうどその時、
玄関からガチャリとドアの開く音が。
・・・妹か。
しかし私の視線は、
再び闇に包まれた
居間の方に釘付けで、
テーブルの上にはまだあの女が
居るような気がしていました。
その一方で、
玄関ではガサガサという、
靴を脱ぐような音に続いて、
木造の床に体重が掛かる時に鳴る、
ギッギッという独特の軋み音が。
私は廊下の方を振り向くことが
出来ませんでした。
妹に決まっているはずなのに、
そっちの方を見れない。
いや、
何となく分かっていた。
気配というか、
勘というか、
あやふやなものだったけど、
後ろから近付いているのは、
おそらく妹ではなかった。
形容し難いほどの
おぞましい感覚が、
ギッギッという軋み音と共に、
強くなっていく気がした。
そして、
真っ暗な居間の真ん中、
テーブルが置いてある辺りで、
『カン、カン』
という金属音が鳴った。
意識が遠のく寸前、
私のすぐ後ろにいた人物の手に
ガッと肩を掴まれたのを
確かに感じた。
因みにその翌日の朝、
私は姉の部屋で寝ていたそうです。
(姉が起こしてくれました)
姉も妹も、
あの真っ暗な居間で私の肩を
掴んだということは一切ない、
と断言しており、
しかも、
妹が帰って来た時には、
母はまだ帰宅していなかったそうです。
靴だけでなく、
母の寝室も確認したから
絶対に確かだ、
との事でした。
妹曰く、母の異常な行動は、
今でも続いているようです。
「精神科にも相談したし、
うちでお祓いだってしてもらった。
通報されたこともあるからね」
後で聞いた話だが、
妹はすでに姉から詳しい話を
聞かされており、
父には内緒で色々と
やっていたらしい。
だがいずれも徒労に終わった。
母の異常な行動を見れば、
効果がないのは一目瞭然だった。
そして、
私にはもう分かっていた。
あの女のせいだ。
姉の家で鳴った音だって、
あの夜の母の恐ろしい姿だって、
全部あの女が原因なんだ。
そう思うと、
怒りが込み上げてくる。
でも、怒り以上にあの女が
恐ろしくてたまらない。
なるべく早いうちに
父に打ち明け、
アパートを引き払うことを
検討しています。
(終)
えぇ~?!何も解決してねぇ!
その後は( •᷄ὤ•᷅)