ふくろさん 1/5
大学二年の春だった。
その日、僕は朝から
友人のKとSと三人で、
オカルトツアーに出掛けていた。
言い出しっぺは
生粋のオカルティストK君で、
移動手段はSの車。
いつもの三人、
いつものシチュエーションだった。
車は今、
左右を山と田んぼに挟まれた
田舎道を走っている。
車を運転しているのはSだ。
僕は助手席、
Kは後部座席。
目的地は、地元から二時間ほど
車を走らせた村にあるという神社だった。
Kの話によると、
何でもその神社は、
ある奇妙で面白いモノを
『神』として祀っているのだそうだ。
僕「それってさ、僕らが行って
見せてくれる様なモノなん?」
K「・・・うーん?
あー、・・・そこはだな、
大丈夫じゃね。
・・・たぶん」
後部座席から
具合の悪そうな口調。
Kは車に弱いタチなのだ。
K「神主にはもう
連絡取ってあっからよ・・・。
俺ら三人・・・、
民俗学的な興味でやって来た
真面目な学生ってことになってっから。
・・・あー駄目だ、キモヂワリー・・・」
オカルトツアーは
今までに何度も経験したが、
僕らはそれが必要な場所は、
事前にアポを取る様にしている。
話をつけるのはKだ。
大抵無下もなく断られるが、
今回の様にOKの返事が
もらえることもある。
まあ、
許可が下りない時だって、
『やるだけやった』
ってことにして、
結局行くのだけれど。
僕「でさ、その神社には
何が祀られてるん?」
後ろを見やると、
ちょうどKの身体が横向きに
バタリと倒れた。
そのままの状態でKは言う。
K「・・・袋だ」
僕「袋?」
僕は訊き返す。
その神社は、
袋を祀っているのだろうか?
K「あーうー、・・・いや、
何か袋持ってね?
やべ、吐きそう、っぷ」
運転していたSが、
黙って道の脇に車を停めた。
Kはヨロヨロと外に出て行き、
林に少し入ったところで、
今朝食べたナニカと
感動の再会を果たした様だった。
それからしばらく走り、
村に着く。
山間に造られた小さな村で、
神社はすぐに見つかった。
入口には石の鳥居。
近くの路肩に邪魔にならない様
駐車して、僕らは外に出た。
Kもどうやら息を吹き返したようだった。
S「間違っても境内では吐くなよ。
まがりなりにも神の居るところだ」
SがKに向かって言う。
K「・・・吐かねーよ。
もう腹ん中になーんも残ってねえし。
ってかお前、
そんなん信じる奴だっけか?」
S「郷に入れば・・・ってやつだ。
それに俺らは今、
民俗学専攻らしいしな」
鳥居の向こう側には、
自転車で行けるんじゃないかってくらい
なだらかな階段が木々の間を伸びていて、
その奥に拝殿らしき建物が見えた。
鳥居をくぐって参道に入る。
頭上には周りの木々の枝と葉が
陽の光をいくらか遮っている。
木漏れ日。
風が吹く度にさわさわと
足元の影は形を変える。
吸い込む空気が
どこか違うもののように思えた。
参道で一人の腰の曲がった
老婆とすれ違った。
彼女は僕らを見とめると、
シワの刻まれた顔で微笑み会釈した。
僕は軽く頭を下げ、
Kが加えて「ちわー」と声を掛ける。
参拝客だろうか。
境内はあまり広くない。
拝殿と、その後ろに本殿。
参道から向かって右側には、
水で手や口を清める場所。
水盤舎というのだったか。
その隣には、人の背丈よりは
大きい程度の社があった。
社の近くにホウキを持って
掃除している人が居た。
男性。
歳は四十後半だろうか。
上は青いジャンバー、
下はジャージとラフな服装だった。
主「ああ、君らかえ。
電話くれたんは」
僕らを見つけると、
彼は穏やかな笑顔を浮かべて
そう言った。
ということは、
この人がここの神主さんなのだろう。
想像していたより若い。
互いに自己紹介を済ますと、
普段は農家でゆず等を
作っているらしい神主さんは、
ホウキの柄の部分で
隣の小さな社を指した。
主「ほれ、これが電話で言うた
『ふくろさん』よ。
まずはどういうもんか、
よう見とき」
どうやら目的のものは、
この社の中にあるらしい。
神主さんに促され、
僕らは社の中を覗く。
両開きの扉の奥、
そこには何やら奇妙な物体が
置かれてあった。
『ふくろさん』
名の通り、
それは袋だった。
材質は麻だろうか。
薄茶色をした、
人の頭ほどの大きさをした袋。
上部を赤い紐で縛っている。
それだけなら、
何だか良く分からないモノで
済んだのだが、
異様だったのは、
その袋の接地面を除いた
ありとあらゆる箇所に、
『針』が刺さっていることだった。
待ち針も、
縫い針も、
長い針も、
短い針も、
様々な針があった。
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