ふくろさん 4/5

僕は手にした懐中電灯の光で、

袋を色々な方向から照らして見た。

 

やっぱり針だらけだ。

 

そこで気付いたのが、

袋の口を縛る赤い糸、

 

その結び目にも

一本の針が通してあった。

 

「ふくろ、重かった?」

 

K「いや、それほどでもない。

一キロかそこらってとこじゃね」

 

そして僕とKは

互いに顔を見合わせる。

 

K「んじゃ、抜いてくぞ」

 

Kが呟き、最初の針をつまむ。

するり、と針は抜けた。

 

刺さっていた部分と、

外に出ていた部分で色が違う。

 

先の方は、まだ銀色の

光沢を放っていた。

 

一本、一本と

針が抜けてゆく。

 

抜いた針は、車から持ってきた

ティッシュの空き箱の中に入れていた。

 

Kは全部の針を抜いてから、

口を縛っている紐を解くつもりの様だった。

 

もしかしたら針を抜いている間に

何かが起きるかもと、

 

期待したのかもしれない。

 

袋をライトで照らしながら、

僕は針の数を数えていた。

 

半分ほど抜き終わったところで、

四十一本。

 

そうしてから、

ふとこの針の数は、

 

人の犯した過ちの数なのだと

いうことを思い出す。

 

僕たちは今、

 

何かとんでもないことを

しているのかもしれない。

 

それでも針は抜かれてゆく。

針は残り二十程。

 

その時だった。

 

鳴き声が聞こえた。

僕ははっとして辺りを見回す。

 

鳥?違う、

猫の鳴き声に近い。

 

赤ん坊の泣き声にも聞こえる。

 

赤ん坊、自分で連想した言葉に

背筋が凍る。

 

Kの手が止まった。

彼にも聞こえているのだ。

 

まだ鳴いている。

 

けれど、

鳴き声の出所が分からない。

 

左の茂みの中からでもある様な、

右の拝殿の下からでもある様な、

 

空からでもある様な、

地面の中からでもある様な。

 

そして、すぐ傍らの

袋の中からでもある様な。

 

袋。

 

袋が微かに動いた。

 

「うわ!」と僕は反射的に

後ろに飛び退いた。

 

Kは動かなかった。

 

ザア、と枝の擦れる音、

ナニカの鳴き声。

 

頭の中で、みーみーみーと

エラー音が鳴る。

 

経験上、この音が鳴り出すと

ヤバいことが起きる。

 

目を見開く。

 

それでもまだKは

袋から針を抜こうとしていた。

 

「K、もう止めよう!」

 

と声を掛けるが、

 

Kは針を抜くのをやめないどころか、

僕の声も聞こえていない様だった。

 

立ち上がると足が震えた。

 

全身の血流が段々

早くなっているのが分かる。

 

骨振動で伝わる心臓の鼓動が、

まるで大太鼓の様だ。

 

どうすればいいのか。

何をすればいいのか。

 

Kを殴り倒せばいいのか。

Sを呼んで来ればいいのか。

 

分からない。

動けない。

 

「そいつをはった倒しい!」

 

声が聞こえた。

 

その瞬間、僕の身体は動き、

両手でKを突き飛ばしていた。

 

ライトの光が僕の身体を照らし、

僕は振り返った。

 

そこに居たのは、

朝と同じ服装の神主さんだった。

 

「やれやれ。

 

心配になって来てみりゃあ・・・、

案の定かえ」

 

外された社の扉とその上に乗った袋を見て、

神主さんは深く息を吐いた。

 

「このバカたれが」

 

「す、すみません!」

 

突き飛ばしたKは、

未だ起き上がって来ない。

 

仕方なく僕は一人きりで

神主さんに向かって頭を下げた。

 

「まあ・・・

間にあったき良かったわ。

 

あれを見とったら、

そういうわけにもいかんきよ」

 

そして神主さんは

倒れているKの方を見やる。

 

「その子を起こしんさい。

 

君ら二人、

やらんといかんことがあるけえ」

 

数回肩を揺すぶると、

Kは目を開いた。

 

しばらく焦点の合っていない目で

神主さんの姿を見ていたが、

 

はっと我に返り、

 

「すいませんでしたあ!」と、

その場に土下座する。

 

「もうええもうええ。そんで、

針を抜いたんは、どっちかえ」

 

K「あ・・・俺です・・・」

 

そろそろとKが手を挙げる。

 

「ほうか。そんなら

君の手でまた針を戻しんさい。

 

その袋は針を刺すたんびに、

ケガレをはろうてくれるき。

 

罪もそう、過ちもそう・・・。

 

すみませんでしたと思いながら、

一本一本丁寧にな」

 

K「・・・何か見えるんですか?」

 

恐る恐るKが尋ねる。

 

「見える言うた方が怖がるやろうが・・・、

あいにく見えん。

 

でもな、この袋は

昔っから『そういうもん』やき。

 

それにな、

 

前に来た若者らあは、

それを見て、

 

戻ってこれんようになった」

 

ぞくりとした。

 

Kもそれ以上は何も言わず、

黙って針を元通り刺し始めた。

 

「・・・まあでもなあ、

これだけ言うても、

 

知らなんだら

また来るかもしれんきねぇ」

 

黙々とKが針を刺していく中、

神主さんがぽつりと呟く。

 

「やりながらでいいき

聞きんさい。

 

この袋はな、

本当は『ふくろさん』 じゃのうて、

 

別に名前があってな。

 

本当の名は『いぬがえし』

っちゅうんよ」

 

Kと僕は

驚いて神主さんを見る。

 

すると彼は穏やかに笑って、

 

「好奇心が猫を殺すんなら、

 

今のうちにその好奇心を

殺しとこうち思うてな。

 

それも、誰にも言わんと、

約束できるんならな」

 

僕らは頷く。

 

そして神主さんは

この袋のことを話してくれた。

 

(続く)ふくろさん 5/5へ

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