ふくろさん 5/5

いぬがえし。

 

漢字で書くと『犬返』

となるそうだ。

 

中に入っているのは

動物の死骸。

 

それも血と内臓を抜き取り、

 

ミイラ状態になったモノが

入っているという。

 

「中を空っぽにするんよ。

生き物やなく入れ物になるよう。

 

・・・そうして、

その入れ物の中に、

 

針を通して人の持つ

ケガレを移し代える。

 

いぬがえしの目的は、

そのケガレを払うということ。

 

ああ、誤解せんでほしいんは、

 

それらの動物は、ちゃんと

寿命をまっとうしちゅうき」

 

今は袋の中には

猫のミイラが入っている。

 

と神主さんは言う。

 

「親父は、ネズミなんかも

よう使っとったな。

 

まあ、あれは針がようけ刺せんけぇ、

あまりようない言うとったけどな。

 

猪もあった、

ヘビも、犬もあった・・・」

 

動物なら何でもええんよ、

と神主さんは言う。

 

「針を通してケガレが

一杯いっぱいになったら、

 

そのミイラは

本殿の中で祀られる。

 

神さんになるんよ。

 

長いこと、人に代わって

多くの恨みつらみを担いだけえ」

 

人々のケガレを

代わりに担いでくれるモノ。

 

「今でこそ

農業の神さんを祀っとるが、

 

昔この神社は、

 

そうやって出来たミイラらあを

ひっくるめて、

 

主神として祀っとった。

 

『おおいぬ様』いうてな」

 

言わばそれは、

大きなケガレの塊、

 

恨みつらみの塊では

ないのだろうか。

 

それをこの神社では

神として祀っている。

 

「神道ではな、

 

エライもんが神様になるんじゃのうて、

力のあるもんが神になる・・・」

 

僕の疑問を読み取ったかのように、

神主さんはそう言った。

 

例えそれが恨みつらみだとしても、

力があれば神にもなる。

 

「・・・お、終わったか」

 

話しているうちに、

 

Kが抜いた分の針を

刺し終わっていた様だ。

 

それを確認し、

 

神主さんは懐から何かを取り出すと、

僕とKに手渡した。

 

それは針だった。

 

「これが、今日、

君らが犯した過ちの分やき。

 

これもちゃんと

ゴメンナサイ言うて刺しい」

 

悪さしてすみませんでした。

でも悪気は無かったんです。

 

本当です。

ゴメンナサイ。

 

そんなことを思いながら

僕は袋に針を刺した。

 

「よし、これで君らは大丈夫」

 

それから僕とKは

 

袋を元の位置に戻し、

外した扉を直してから、

 

神主さんに二人で

もう一度謝った。

 

「ええよええよ。

 

まあ、これに懲りたら、

もう、危ないことはしなさんなよ」

 

そう言って、

 

神主さんは最後に僕らの頭に

一発ずつ痛いゲンコツをくれると、

 

笑って「機会があれば、また来んさい」

と言ってくれた。

 

車に戻ると、

 

仮眠から起きたSが僕らの表情を見て、

軽く吹き出していた。

 

どんな表情をしていたのか

自分でも分からない。

 

でも、今回のオカルトツアーで、

僕らは多くのことを学んだと思う。

 

帰り道、窓の向こうを流れる

夜の山々を眺めながら、

 

僕はそんなことを考えていた。

 

ふと、後部座席のKを見やると、

さすがの彼も反省している様だった。

 

何か思いつめた表情で

足元を見ていたが、

 

やがて顔を上げると、

 

僕に向かってぽつりと

呟く様に言った。

 

K「・・・あのオッサンの話聞いてたらさ、

本殿には人のミイラとかありそうじゃね・・・。

 

お前どう思う?」

 

「・・・、・・・あったら、

どうすんの?」

 

K「見せてくれって、

あのオッサンに聞いてみる」

 

「駄目って言われたら?」

 

K「そん時は、

やるだけやったんだから・・・

 

あ!いや駄目だ!

うーんとだな・・・ええ?

 

うおおっ、どうしようS!

俺どうしたらいい!?」

 

S「とりあえず黙れ」

 

訂正。

 

今回のオカルトツアーで、

僕らが多くのことを学んだというのは

 

間違いだった。

 

好奇心猫を殺す。

 

たぶんそれが僕らの得た

唯一の教訓だった。

 

まあそれだけでも、

大きな進歩ではあったのだけども。

 

(終)

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