田舎(中編) 3/5

田舎

 

ヨソモノヨソモノ。

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

それも含めて、

俺は早くここを立ち去りたかった。

 

率先して元来た道へ進んで行き、

民家のそばに停めてあった車に乗り込む。

 

ようやく嫌な感じが治まった。

 

師匠は上機嫌でエンジンをかけ、

再び蛇行する山道を登り始める。

 

CoCoさんはなにを思ったか、

京介さんの絆創膏を突っつき、

 

「痛いって」と怒られた。

 

(本当に傷口があるのか確かめた)

 

助手席に身を沈めながら、

後部座席のやり取りにふとそんなことを思う。

 

ミラーに映るCoCoさんの表情からは、

やはり何も読み取れなかった。

 

伯父の家に帰ると、

従兄妹のハツコさんが来ていた。

 

伯父夫婦の長女だ。

 

年が離れていたので

あまり印象は残っていないが、

 

今は同じ集落の家に嫁いでいるらしい。

 

「今日は応援」と言って、

 

小太りの体を機敏に動かしながら、

伯母の炊事を手伝っている。

 

俺たちはというと、

夕飯までの時間をそれぞれの部屋で過ごした。

 

ろくに泳いでいないのに

俺はやたら疲れていて、

 

ウトウトしっぱなしだった。

 

ほどなく茶の間に呼ばれ、

大所帯での食事が始まった。

 

近くの山で採れた山菜を

ふんだんに使った田舎料理は、

 

実家の母が作るものよりお袋の味がして、

なんだか感傷的になる。

 

俺たち4人と伯父夫婦。

 

ハツコさんとその小さな子ども。

 

そして、

実にタイミングよく現れたユキオ。

 

9人で囲む食卓だった。

 

なにが凄いって、

その人数で囲めるちゃぶ台があることだ。

 

「今はもう、こんなでっかいのが

いる時代じゃないけんどのう」

 

と伯父は苦笑した。

 

この家にはあと一人、

ジッサンと呼ばれるお爺さんがいるのだが、

 

寝たきりに近いらしく、

食卓には出てこない。

 

ジッサンと言っても

俺の祖父にあたる人ではなく、

 

祖母の兄らしい。

 

らしいというのは、

会ったことがないからだ。

 

身寄りがなくなっていたところを

この家で引き取ったそうだ。

 

俺の足が遠のいてからのことだった。

 

「にゃあにゃあ」

 

ユキオがひそひそと口を寄せて来る。

 

「どっちが彼女なが」

 

これには、

彼なりの期待も含まれているのだろう。

 

京介さんとCoCoさんのどちらも、

一般的には美人の部類に入るだろうから。

 

「どっちも違う」

 

そう言うと喜ぶかと思いきや

残念そうな様子で、

 

「両方あの兄さんのか」

 

と溜息をつくのだ。

 

「片方だけ」と言ってやると、

「ふーん」と鼻で返事をしながら、

 

肉系ばかりを箸でかき集めていった。

 

その時、

家の外に犬の遠吠えが響いた。

 

「あ、リュウの晩御飯忘れちょった」

 

そう言って伯母が腰をあげようとすると、

ハツコさんが笑って先に立ち上がった。

 

俺はふと思い出して、

 

伯父に祖母の葬式の時に

リュウがいたかどうか聞いた。

 

「おらんかったかや」

 

伯父が首を傾げていると、

 

伯母が手首から先を

器用に折り曲げながら言う。

 

「ほら、ジッサンが捨てたあとじゃき」

 

伯父はオオと合点して、

経緯を話してくれた。

 

どうやらリュウは、

 

祖母の葬式の2ヶ月ほど前に

死んだのだそうだ。

 

目をとじて動かないリュウを見て、

 

まだ足腰がしゃんとしていたジッサンが

死んだ死んだと大騒ぎし、

 

裏山の大杉の根本に埋めに行ったのだが、

なんとこれが早合点。

 

自力で土から這い出てきたらしく、

 

半年くらい経って

山中で野良犬をやっていたところを、

 

近くの集落の人が見つけて

連れて来てくれたのだそうだ。

 

この話、

俺の連れには大いにウケた。

 

が俺は、

 

なんだやっぱり別の犬なんじゃないか

と思ったが、

 

長年暮らした家族が

リュウだというんだからと考えると、

 

なんだかあやふやになる。

 

あとでもう一度、

じっくり顔を見てみようと心に決めた。

 

それから、

 

目の前の料理が減るのに反比例して

食卓の会話が増えていき、

 

俺は頃合を見計らって口を開いた。

 

「なんか、

 

いざなぎ流のことを知りたがってる

みたいなんだけど」

 

目で師匠と京介さんを指す。

 

すると、

すぐさまユキオが身を乗り出した。

 

「だったらオレオレ。

オレ今、先生について習いゆうがよ」

 

意外に思って、

適当なコト言ってないかコイツと疑った。

 

すると伯母が、

 

「あんたは神楽ばあじゃろがね」

 

と笑う。

 

どうやら、

先生についているのは本当らしい。

 

ただ神楽舞を習っているだけのようだ。

 

いざなぎ流の深奥は神楽ではなく、

祈祷術にあるというのは俺でもわかる。

 

いざなぎ流(wikipedia)

 

「まあでも、

 

いざなぎ流のことが知りたかったら、

誰かに聞かんとわからんき。

 

ユキオの先生に会わせてもらったらどうか」

 

そう言うのだ。

 

伯父のその言葉は、

いざなぎ流の秘匿性を端的に表している。

 

そもそも俺の田舎に伝わるいざなぎ流とは、

 

陰陽道や修験道、

密教や神道が混淆した民間信仰であり、

 

※混淆(こんこう)

異種のものが入り混じること。

 

それらが混じっているとはいえ、

 

古く、純粋な形で残っている、

全国的に見ても貴重な伝承だそうだ。

 

祭りや祓い、

鎮めなどを行うその業は、

 

ほとんど公にはされない。

 

なぜなら、

 

それらは太夫から太夫へ、

原則口伝によって相伝されていくからである。

 

もちろん、

 

その膨大な祈祷術体系を

丸暗記はできない。

 

しかし、

 

そのための覚え書は、

また師匠から弟子へと、

 

門外不出の祭文として

伝えられるのみなのである。

 

なにかのお祭りには、

 

必ずと言っていいほど

太夫さんが絡むが、

 

俺の記憶の中では、

 

その祈祷はただ『そういうもの』として

そこにあるだけで、

 

『何故』には答えてくれない。

 

何をするために、

何故その祈祷が選ばれるのか。

 

何をするためにというのはわかる。

 

川で行われるなら、

水の神様を祭り鎮めるためで、

 

家で行われるなら、

家の安泰のためだ。

 

だが何故その祈祷なのかという部分には、

天幕がかかったように見えてこない。

 

祈祷はさまざまな系統に分かれ、

使う幣だけで数百種類もあるのである。

 

「よっしゃ、明日さっそく行こう」

 

ユキオは箸をくるくると回して、

俺たちの顔を見る。

 

師匠は願ってもないと頷いた。

 

京介さんは「頼みます」と、

軽く頭を下げる。

 

俺は明日も平日だったことを思い出し、

ユキオをつついたが、

 

「大丈夫、大丈夫」

 

と請合った。

 

色々と大丈夫な職場らしい。

 

ユキオとハツコさんたちが帰って行ったあと、

俺たちは順番に風呂に入ることにした。

 

夜になってようやく涼しくなってきたが、

汗を重ねた肌が気持ち悪い。

 

女性陣は後がいいと言うので、

 

まず俺、次いで師匠

という順番で入ることにした。

 

早々に俺が風呂からあがり、

3人でトランプをしていると、

 

Tシャツ姿で頭から湯気を昇らせながら

師匠が出てくる。

 

「あー、気持ちよかったー。

風呂に入ったのって半年ぶりくらいだ」

 

その言葉に、

女性二人の目が冷たくなる。

 

「ちょっと」

「寄らないでくださる」

 

ステレオで言われ、

師匠は憤慨する。

 

「って、おい。

僕はシャワー派なんだって」

 

弁解する師匠に冷たい視線を向けたまま、

二人は女部屋に戻っていく。

 

「知ってるだろ!」

 

喚く師匠に、

 

振り向いた京介さんが

いつもより強い調子で「死ね」と言った。

 

俺は笑いを堪えるのに必死だった。

 

これだよ。

 

二人を無理やりセットにした甲斐が

あったというものだ。

 

それから、

 

疲れていた俺たちは早々に、

床についた。

 

若者のいないこの田舎の家は

寝付くのが早く、

 

あまり遅くまで起きて騒がしくしても悪い

という思いもある。

 

寝る前にリュウの顔を拝もうと思ったが、

 

犬小屋に引っ込んでしまい、

お尻しか見えなかった。

 

部屋の明かりを消し、

扇風機に首を振らせたまま横になると、

 

あっというまに眠りに落ちた。

 

どのくらい経っただろうか。

 

バイクの音を遠くで聞いた気がして、

なぜかユキオがまた来たと思った。

 

そんなはずはないと思いながら

徐々に頭が覚醒し、

 

むくりと起きる。

 

腕時計を見ると、

深夜2時過ぎ。

 

トイレに行こうと起き上がると、

隣の布団がカラになっていることに気づく。

 

「師匠」と小声で呼びかけるが、

部屋のどこにもいない。

 

とりあえずトイレで用を足しに行くと、

部屋に帰る時に縁側に誰かの影が映っている。

 

そっと障子を開けると、

 

京介さんが縁側に腰掛けて

夜陰に佇んでいる。

 

右手には煙草。

 

こちらに気づいて視線を向けてくる。

 

「深い森だ」

 

そうか。

 

京介さんは自分の部屋でないと

眠れないということを、

 

今更ながら思い出す。

 

「浄暗という言葉があるだろう。

清浄な闇という意味だ」

 

ここは空気がいい。

 

そう言って、

 

目の前に広がる木々の

黒い陰を眺めている。

 

遠くで湧き水の流れる音が聞こえる。

 

「師匠を見ませんでしたか」

 

そう問うと、

煙を吐きながら答えてくれた。

 

「バイクで出て行ったな」

 

そういえば、

 

伯父から滞在中自由に使いなさいと

言われていたことを思い出す。

 

どこにと聞こうとして、

すぐに聞くまでもないと思い直した。

 

明日も色々ありそうだ。

 

そう思って、

今日のところはきちんと寝ておくことにする。

 

「おやすみなさい」

 

という言葉に、

京介さんは小さく手を振った。

 

朝が来た。

 

目を覚ますと、

隣で師匠がひどい寝相をしている。

 

少しほっとする。

 

伯父夫婦と合わせて6人で朝食をとる。

 

なにか足らない気がした。

 

そうだ、新聞がない。

 

「ああ、昼にならんと来ん」

 

そういえばそうだった。

 

俺のPHSも師匠の携帯も通じない、

情報を制限された田舎なのだ。

 

食べ終わって部屋に帰ると、

師匠に夜のことを聞いてみた。

 

「行ったんですよね、

あの京介さんが怪我をした場所へ」

 

「うん」と師匠は答え、

 

扇風機のスイッチを入れながら

胡坐(あぐら)をかいた。

 

「なにかあったんですか」

 

「いや、なにもなかった」

 

煮え切らない答えに少しイラッとする。

 

あんなやり取りをしておいて、

なにもないはずはない。

 

すると師匠は意味深に目を細めると、

ゆっくりと語った。

 

「昼にはあり、夜にはなかった」

 

掘り出されていたと言うのだ。

 

「僕らが気づいたことを知られたようだ」

 

言葉の端に、

気味の悪い笑みが浮かんでいる。

 

「なにが埋まっていたんですか」

 

師匠は畳の上にごろんと寝転がった。

 

「犬神を知ってるかい」

 

「聞いたことは」

 

京介さんがこの旅の前に、

口にしていたのを覚えている。

 

「古くは、

 

呪禁道の蠱術に由来する

と言われる邪悪な術だよ。

 

犬神を使役する人間が

他人の物を欲しがれば、

 

犬神はたちまちにその人に災いをなし、

その物を与えるまで止むことはない。

 

犬神は親から子へと受け継がれ、

その家は犬神筋とか犬神統などと呼ばれる。

 

犬神筋は共同体の中で忌み嫌われ、

婚姻に代表される多くの交流は忌避される。

 

そのために犬神筋は一族間での通婚を重ね、

ますますその『血』を濃くしていく」

 

師匠は秘密めかして、

仰向けのまま指を立てる。

 

「犬神というのはその名前とは裏腹に、

小さな鼠のような姿で描かれることが多い。

 

もしくは、

豆粒大の大きさの犬だとする記録もある。

 

犬神筋はそれらを敵対する者にけしかけ、

腹痛や高熱など急激な変調をもたらす。

 

犬神に取り憑かれた者は、

山伏や坊主などに原因を探ってもらい、

 

どこの誰それの犬神が

障っているのだと明らかにする。

 

その後は、

原因と判じられた犬神筋の家へ赴いて・・・」

 

「貢物を差し出すわけですか」

 

口を挟んだ俺に師匠は首を振る。

 

「文句を言いに行くんだよ。

人の道に外れたことをしやがって、と」

 

(続く)田舎(中編) 4/5

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