葬祭 3/3

墓地

 

ペンライトの微かな明かりの下で、

 

師匠が嬉しそうな顔をして

指に唾をつけ、

 

箱の口の経文をこすり落とした。

 

他に封印はない。

 

ゆっくりと蓋を開けた。

 

俺は怖いというか

心臓のあたりが冷たくなって、

 

そっちを見られなかった。

 

「う・・・」

 

というくぐもった音がして

思わず振り向くと、

 

師匠が箱を覗き込んだまま

口を押さえていた。

 

俺は気がつくと、

出口へ駆け出していた。

 

明かりがないので何度も転んだ。

 

それでももうそこに居たくなかった。

 

階段を這い登り、

わずかな月明かりの下に出ると、

 

山門の辺りまで戻り、

そこでうずくまっていた。

 

どれくらい経っただろうか。

 

師匠が傍らに立っていて、

青白い顔で「帰ろう」と言った。

 

結局次の日、

俺たちは一週間お世話になった家を辞した。

 

またいらしてね、

とは言われなかった。

 

もう来ない。

 

来るわけがない。

 

帰りの電車でも俺は聞かなかった。

 

木箱の中身のことを。

 

この土地にいる間は聞いてはいけない、

そんな気がした。

 

夏休みも終わりかけたある日に、

俺は奇形の人を立て続けに見た。

 

そのことを師匠に話した折りに、

奇形からの連想だろうか、

 

「そういえばあの木箱は・・・」

 

と口走ってしまった。

 

「ああ、あれね」

 

あっさり師匠は言った。

 

「木箱で埋められてたはずだから

まずないだろう、

 

と思ってたものが出てきたのには

さすがにキタよ」

 

胡坐をかいて、

眉間にシワをよせている。

 

俺は心の準備が出来てなかったが、

構わず師匠は続けた。

 

「屍蝋化した嬰児がくずれかけたもの、

それが中身。

 

※屍蝋化(しろうか)

死体に時間経過と共に発生する様々な変化。

 

※嬰児(みどりご)

生まれたばかりの赤ん坊。ちのみご。乳児。

 

かつて埋められていたところを見たけど、

泥地でもないし、

 

さらに木箱に入っていたものが、

屍蝋化してるとは思わなかった。

 

もっとも、屍蝋化していたのは、

26体のうち3体だったけど」

 

嬰児?

 

俺は混乱した。

 

グロテスクな答えだった。

 

そのものではなく、

話の筋がだ。

 

死人の体から抜き出したもの・・・

のはずだったから。

 

「もちもん、産死した

妊婦限定の葬祭じゃない。

 

あの土地の葬儀のすべてが

そうなっていたはずなんだ。

 

これについては、

僕もはっきりした答えが出せない。

 

ただ、間引きと姥捨てが同時に

行われていたのではないか、

 

という推測は出来る」

 

間引きも姥捨ても、

今の日本にはない。

 

※間引き(まびき)

人口が増えないよう生まれた子供をすぐに殺すこと。

 

※姥捨て(うばすて)

年をとってあまり役に立たなくなった人を捨てること。

 

想像もつかないほど貧しい時代の遺物だ。

 

「死体から抜き出したというのはウソで、

 

こっそり間引きたい赤ん坊を、

家族が差し出していたと・・・?」

 

じゃあ・・・やはり、

当時の土地の庶民も知っていたはずだ。

 

しかし言えないだろう。

 

木箱の中身を知らないという

形式をとること自体が、

 

この葬祭を行う意味そのものだからだ。

 

ところが、

違う違うとばかりに師匠は首を振った。

 

「順序が違う。

 

あの箱の中には、

 

すべて生まれたばかりの

赤ん坊が入っていた。

 

年寄りが死んだ時に都合よく、

 

望まれない赤子が生まれて来る

ってのは変だと思わないか。

 

逆なんだよ。

 

望まれない赤子が生まれて来たから、

年寄りが死んだんだよ」

 

婉曲な表現をしていたが、

ようするに積極的な姥捨てなのだった。

 

※婉曲(えんきょく)

表し方が遠まわしなこと。露骨にならないように言うこと。

 

嫌な感じだ。

 

やはりグロテスクだった。

 

「この二つの葬儀を、

 

同時に行なわなければならない

理由はよくわからない。

 

ただ、来し方の口を減らすからには、

行く末の口も減らさなくてはならない。

 

そんな道理があそこにはあった、

ような気がする」

 

どうして死体となった年寄りの体から、

それが出てきたような形をとるのか、

 

それはわからない。

 

ただただ、深い土着の習俗の闇を

覗いている気がした。

 

「そうそう、

 

その葬祭をつかさどっていた

キの一族だけどね、

 

まるで完全に血筋が絶えてしまった

ような言い方をしちゃったけど、

 

そうじゃないんだ。

 

最後の当主が死んだあと、

その娘の一人が集落の一戸に嫁いでいる」

 

そう言う師匠は、

 

今までに何度も見せた『人間の闇』に

触れた時のような、

 

得体の知れない喜びを顔に浮かべた。

 

「それがあの、

 

僕らが逗留(滞在)した、

あの家だよ。

 

つまり・・・」

 

『僕の中にも』

 

そう言うように師匠は、

自分の胸を指差した。

 

(終)

次の話・・・「坂 1/2

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