魚 1/2

水槽

 

別の世界へのドアを持っている人は

確かにいると思う。

 

日常の隣でそういう人が息づいているのを、

 

僕らは大抵知らずに生きているし、

生きていける。

 

しかし、

 

ふとしたことでそんな人に触れた時に、

いつもの日常はあっけなく変容していく。

 

僕にとってその日常の隣のドアを

開けてくれる人は二人いた。

 

それだけのことだったのだろう。

 

大学1回生のころ、

 

地元系のネット掲示板の

オカルトフォーラムに出入りしていた。

 

そこで知り合った人々は、

言わばなんちゃってオカルトマニアであり、

 

高校までの僕ならば

素直に関心していただろうけれど、

 

大学に入って早々に、

 

師匠と仰ぐべき強烈な人物に

会ってしまっていたので、

 

物足りない部分があった。

 

しかし、

 

降霊実験などを好んでやっている黒魔術系の

フリークたちに混じって遊んでいると、

 

一人興味深い人物に出会った。

 

『京介』

 

というハンドルネームの女性で、

年歳は僕より2~3歳上だったと思う。

 

ジメジメした印象のある黒魔術系の

グループにいるわりには、

 

カラっとした人で背が高く、

やたら男前だった。

 

そのせいか、

 

オフで会っても「キョースケ、キョースケ」

と呼ばれていて、

 

本人もそれが気に入っているようだった。

 

あるオフの席で『夢』の話になった。

 

予知夢だとかそういう話が

みんな好きなので盛り上がっていたが、

 

京介さんだけ黙ってビールを飲んでいる。

 

僕が「どうしたんですか」と聞くと、

一言「私は夢をみない」。

 

機嫌を損ねそうな気がして

それ以上突っ込まなかったが、

 

その一言がずっと気になっていた。

 

大学生になって初めての夏休みに入り、

僕は水を得た魚のように、

 

心霊スポットめぐりなど、

オカルト三昧の生活を送っていた。

 

そんなある日、

目を覚ますと見知らぬ部屋にいたのだった。

 

暗闇の中で、

寝ていたソファーから身体を起こす。

 

服がアルコール臭い。

 

酔いつぶれて寝てしまったらしい。

 

回転の遅い頭で昨日のことを思い出そうと、

辺りを見回す。

 

厚手のカーテンから幽かな月の光が射し、

その中で一瞬、闇に煌くものがあった。

 

水槽と思しき輪郭のなかに、

にび色(濃い灰色)の鱗が閃いて、

 

そして闇の奥へと消えていった。

 

なんだかエロティックに感じて

妙な興奮を覚えたが、

 

すぐに睡魔が襲ってきて、

そのまま倒れて寝てしまった。

 

次に目を覚ました時は、

カーテンから朝の光が射し込んでいた。

 

「起きろ」

 

目の前に京介さんの顔があって、

 

思わず「ええ!?」と

間抜けな声をあげてしまった。

 

「そんなに不満か」

 

京介さんは状況を把握しているようで

教えてくれた。

 

どうやら昨夜のオフでの宴会のあと、

 

完全に酔いつぶれた俺をどうするか、

残された女性陣たちで協議した結果、

 

近くに住んでいた京介さんが

自分のマンションまで引きずって来たらしい。

 

申し訳なくて途中から正座をして聞いた。

 

「まあ気にするな」

 

と言って、

京介さんはコーヒーを淹れてくれた。

 

その時、

 

部屋の隅に昨日の夜に見た

水槽があるのに気がついたが、

 

不思議なことに中は水しか入っていない。

 

「夜は魚がいたように思ったんですが」

 

それを聞いた時、

京介さんは目を見開いた。

 

「見えたのか」

 

と身を乗り出す。

 

頷くと、「そうか」と言って、

京介さんは奇妙な話を始めたのだった。

 

京介さんが女子高に通っていた頃、

学校で黒魔術まがいのゲームが流行ったという。

 

占いが主だったが、

 

一部のグループがそれをエスカレートさせ、

怪我人が出るようなことまでしていたらしい。

 

京介さんはそのグループのリーダーと親しく、

何度か秘密の会合に参加していた。

 

ある時、そのリーダーが真顔で、

 

「悪魔を呼ぼうと思うのよ」

 

と言ったという。

 

(続く)魚 2/2

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