ある人面犬との不思議な出会い
これは、友人が体験した不思議な話。
渓流で一人釣りをしていると、背後から声をかけられた。
「何しとるのかね?」
鮎を釣ってるんだ、そう答えながら振り向くと、そこには“異様なモノ”がいた。
身体は赤犬だったが、首から上の顔は老爺のものだった。
毛並みは綺麗にしてあり、きちんとお座りをしている。
驚いてポカンとしていると、人面犬は再び口を開いた。
「鮎か。久しく食っておらんの」
その言葉を聞いて、何故か恐怖より先に親近感が生まれたという。
釣り上げた鮎を人面犬の前に置いてやり、良ければどうぞと勧めてみた。
「や、これはすまんの。ありがとう」
犬は感謝すること頻りで、大人しく鮎を喰らい始めた。
器用に前足で押さえながら、中々に上品な食べ振りだったという。
生で良いのかと問うたところ、生が良いのだと答える。
「薄味が好みでの。人の味付けはちと合わん」
そう言ってカラカラと笑った。
人間の顔してるのに?と彼がおかしそうに聞くと、「そうよなぁ、おかしいわなぁ」と、これまた笑ってのける。
結局その日の午後いっぱい、犬は彼の横でゴロゴロとしていた。
他愛もない会話をしながら、時折お裾分けの鮎を齧って過ごす。
犬は山や沢のことに色々と詳しく、感心させられる話題もあったらしい。
彼曰く、中々に楽しい一時だったそうだ。
日没が近付き帰り支度を始めると、犬が別れの言葉を口にする。
「楽しかったよ。また来い」
自分も楽しかったよと返し、別れを告げてから山を下りた。
彼はその後も何度かそのポイントへ出掛けているのだが、あれ以来あの人面犬とは出会えていないという。
元気にしていたら良いんだけどな、そう言って彼は微笑んだ。
(終)