釣ったのは緑色に錆びた風鈴だった
これは、祖父母の元へ1週間ほど泊まりで帰省していた時の話。
小学校高学年の夏休みだった。
そこは山奥の村落、20軒ほどが身を寄せ合うところで、村には私のような子供は一人もいなかった。
住人はほとんどが高齢者ばかりのようで、”過疎”という言葉が当てはまる場所。
かといって暗い雰囲気はなく、小さな訪問者に皆が親切にしてくれた。
それにはおめぇ以外触れねえんだ
「ミノルの倅(せがれ)か。ほーかほーか」(ミノル=父)
「テービもねぇからつまらんろ」
「コマ回すか、コマ」
「後で釣りいくべ」
「虫がいねぇんだろ、あっちは。捕り方おしえんべか」
どちらが子供か・・・。
でも、嬉しかった。
帰省2日目、祖父と釣りへ出かけた。
それも村の爺様のほとんどを連れて・・・。
山間の上流、比較的流れが緩やかな場所だった。
気を遣ってくれているのは分かった。
竿の振り方や餌のつけ方、魚が居そうな場所などを教わったが、10人いると10人が微妙に違うことを言う。
釣り始めて2時間もしないうちに、爺様達は宴会になっていた。
一人竿を振る私のところへ代わる代わる来ては、微妙に異なるコツを教えてくれた。
「あ?かかった!?」
そろそろ飽きかけていたところに、竿が引かれた気がした。
引き上げて見ると、それは緑色の塊だった。
見ていた祖父と爺様達は、遠巻きに「お、ゆっくりな、ゆっくり」、「でぇじに扱え」等、訳が分からない。
丁寧に外してよく見ると、『緑色に錆びた風鈴』のようだった。
しかし、「爺ちゃん、これ」と祖父に渡そうとしても受け取らない。
触ろうともしない。
「おっ、いいからお前が持ってろ」と祖父。
他の爺様達も笑顔だが、誰も近づかない。
その後すぐに村へ帰ることになった。
祖父の家へ戻ると、祖母も同じ反応だった。
近づこうとしない。
それでも、泣くほど不安になったわけではなかった。
しばらくすると、村中の人が祖父の家へ集まって来た。
お爺ちゃんお婆ちゃんだらけの家の中。
「それにはおめぇ以外触れねえんだ」
「良い事があるよう」
「わしは2度目かの」
「前は誰だった?」
等々、笑いながら話していた。
祖父が、「それはお前のもんだ。綺麗にして大事にしなきゃな」と小さな箱をくれた。
とりあえず箱へしまい、やっと重たいものから逃れられたような気がした。
箱は仏壇へ納められ、私が帰る日までそのままだった。
帰る日まで村中の人から風鈴について聞かされていたが、『良い物』である以外は内容がまちまちだった為、結局は分からず終いでいる。
今年も風鈴を吊るしてはいるが、残念ながら音が鳴らない。
ただ、あの時のお爺ちゃんお婆ちゃん達の笑顔は子供のようだった。
何が起きるのか、心からワクワクしている。
(終)