砂浜に火を焚いて怖い話を語っていると
※名前は全て仮名
これは高校時代の夏休みに、ある島の民宿へ仲間同士で泊まりに行った時の話。
その日も夕食を食べ終えてから、砂浜からの投げ釣りを始めた。
仕掛けを入れ終わると、火を焚いて無駄話に。
最初は女の話からだ。
ただ、火を焚いて賑やかにやっていては魚なんか釣れないわけで・・・。
そのうち怖い話大会になってきた。
呼んでる・・・
場がそんな流れになったわけは、仲間の一人の内山君がすごい怖がりで、怖い話をするとマジで怖がるので面白いからだ。
その夜も内山君は、「夜釣りは怖いけど、部屋に一人でいるのが怖いから」と一緒に砂浜へ来ていた。
怖い話大会になってしばらくの間、内山君は「よせよー。そんなの怖いじゃん」などと茶々を入れていて、みんなもそれを面白がっていたが、次第に話が妙に盛り上がってきて、いつの間にか内山君のことを誰もが気にしなくなった。
これは余談だが、漁師の息子の赤井君が聞かせてくれた話は本当に怖かった。
妙に盛り上がって怖い話を続けているうちに、なんだか変な感じがしてきた。
焚き火は勢いよく燃えているのに、妙に寒いのだ。
時計を見ると、23時過ぎ。
ビールを飲んでいたが、小便をしたいわけでもない。
それとなくみんなの様子を伺うと、腕や脚を摩りながら話を聞いている。
寒いのは俺だけではないんだ・・・と思った時、変な声が聞こえてきた。
最初は何と言っているのか分からなかった。
それに誰の声かも分からなかった。
話を中断してみんなが顔を見合わせると、声の主は内山君だった。
内山君は祈るように手の指を組んで、下を向いて何かブツブツ言っている。
誰もが黙って聞いていると、切れ切れに「呼んでる・・・あそこ・・・ここにも・・・ふたり・・さん・・に・・・ん」と聞こえてくる。
とっさにマズイと思った俺は内山君に声をかけようとすると、それより早く赤井君が内山君の肩を掴み、「おい内山、内山!聞くな!返事もするな!」と怒鳴った。
だが、内山君はすっと立ち上がると真っ暗な海の方向を指差して、「あそこか・・・あそこで呼んでるのか・・・」と呟きながら、焚き火を踏み越えて海へ向かってヨロヨロと歩き出した。
一瞬呆気に取られてぼーっと内山君の後ろ姿を見ていたが、すぐに全員が内山君を追いかけた。
波打ち際までほんの十数歩の距離だ。
俺たちはすぐに内山君に追いついた。
最初に俺が後ろから内山君の腕を掴んで止めようとした。
しかし、内山君は俺の腕を軽々と振り払った。
内山君は痩せた体格で俺より背が低いのに、物凄い力だった。
赤井君は野球部OBの久保君と二人で内山君の腰に飛び付いた。
内山君は一度膝をついたが、すぐに立ち上がり、赤井君と久保君の二人を引きずりながらまた歩き出した。
波打ち際まであと数歩、内山君の靴は濡れた砂に沈み始めている。
俺はどうしたらいいのか分からなくなり、ふと内山君の顔を見た。
・・・笑っていた。
今思い出しても寒気がする、何とも言えない笑顔だ。
その時、俺は打ち寄せる波の音に混じって、妙な声を聞いた。
女性の悲鳴のような、男性の唸り声のような。
それは次第に大きく聞こえてくる。
すーっと引き込まれるように音のする方に顔を向けようとすると、額の内側で何かが弾けて耳の中で大きな声がした。
「見るな!!」
あまりにも大きな声で、耳がキーンとなって凄く痛い。
俺は我に返り、思い切り怒鳴った。
「持ち上げろ!」
赤井君と久保君が暴れる内山君を担ぎ上げ、みんなで民宿まで走った。
後ろから何かが追いかけてくる気がして怖くてたまらないし、すぐ近くのはずの民宿が何故かやたらに遠い。
部屋に着いてすぐ、内山君に布団を掛けてみんなで押さえ付けた。
しばらくすると内山君はぐったりして眠ってしまったが、俺たちは全然眠れない。
並んで座り、ひたすら朝を待った。
ようやく日が昇り、辺りが明るくなった。
昼過ぎには宿を出発しなければならない。
各自荷物をまとめたが、問題は砂浜に置いてきた釣り具とクーラーボックスだ。
そのまま置いていこうかとも思ったが、忘れ物だと思われたりすると民宿のおばさん達に迷惑をかけてしまう。
熟睡している内山君を久保君に任せて、俺と赤井君で浜辺に向かった。
二人とも黙ったまま焚き火の残り火を始末し、クーラーボックスの氷と水を捨てて釣り具を片付けた。
民宿への帰り道、不意に赤井君が口を開いた。
「昨夜は助かったよ。内山君を止めようとした時、海から変な声が聞こえてさ。お前が怒鳴らなかったら俺、どうしていいか分からなかった」
黙っていた方がいいのか迷ったが、俺も赤井君に言った。
「それ、俺にも聞こえたよ。海の方を見ようとしたら、耳の中で『見るな!!』って声がして。それで・・・」
赤井君は「そうか・・・」と言うと少し黙ったが、民宿が見えてくると「声の話、久保君たちには黙っていような」と言い、俺が黙って頷くと、赤井君は俺の肩を軽く叩いて少し笑った。
民宿へ戻って部屋に入ると、内山君は起きていて荷物をまとめていたが、特に普段と変わった様子はない。
内山君が目を覚ました後、久保君は「昨夜のことを憶えてるか?」と聞いたらしく、「俺、何時頃に寝たんだろ。久保君が部屋まで連れて来てくれたのか?」と答えたらしい。
どうやら、怖い話大会の途中から全然憶えていないようだった。
帰りの車の中でも内山君は一人元気にはしゃいでいたが、俺たちは眠いうえに、話題が昨夜のことにならないように気を遣い、えらく疲れた。
家に帰ってから、しばらくは部屋で一人で寝るのが怖かった。
夜中にトイレへ行きたくなって目を覚ましたりした時は、もう最悪だった。
もう何年も前のことなので、あの夜のこともいつのまにか忘れていた。
だが、今はあの出来事をはっきりと思い出した。
(終)