ふと実家へ帰ろうと思い立ったのは
金曜日の夜、ふと「土日は連休だし久しぶりに実家へ帰ろう」と思い立った。
実家は今住んでいる場所から車で1時間半程度。
途中、山一つを越えなければならない道のりだ。
実家に電話をした後、所用を済ませてから夜9時頃に家を出た。
出発から約40分、強い雨も止み、峠に向かって上り道を快調に進んでいく。
しかし、濃い霧が出てきた為スピードを落として走っていると、後方から県外ナンバーの車が近づいてきた。
さっさと追い抜けばいいものの後ろにピッタリとくっ付き、緩やかな蛇行で「さっさと行け!」とばかりに煽ってくる。
スポーツカーに乗った二人組がニヤニヤと笑っている様子がルームミラーで見える。
追い抜かせようと左に寄せても抜かないのでどうしようかと思っていたところ、良い考えが浮かぶ。
増々霧が濃くなってきた頃、前方のトンネルに向かってスピードを上げ、後ろの車を振り切った。
そしてトンネルに入らず今は使っていないその隣にある旧トンネルの方へ素早く入り、ライトを消す。
案の定、こちらに気づかずトンネルを通過していく様子が見えた。
少し間をおいてから旧トンネルを出て国道に戻って進んでいると、濃い霧のためスピードを出せないのか、さっきの二人組のスポーツカーに追いついた。
峠道も下りに差し掛かった頃、イタズラ半分でスポーツカーに接近してみた。
トンネルで消えたと思った車が後ろにいたらさぞ驚くだろう。
少し霧も晴れてきて、視界が良くなってきた。
後ろに接近してしばらく走っていると、運転している男がこちらの車に気づいたようで助手席の男に合図している。
ルームミラー越しに前の車の二人と目が合った。
すると、物凄く驚いた顔をしてこちらをまじまじと見る助手席の男。
ついには身を乗り出して見る。
その直後、スポーツカーは猛スピードで峠の下りを走り始めた。
ちょっと驚くかなとは思ったが、そんなにか?と。
前を行くスポーツカーは、霧の中をどんどんスピードを上げて見えなくなっていく。
地元民の俺からみても、明らかなオーバースピード。
霧がなくなっていく視界の中、遠くでドーンという激しい音が聞こえた。
どれだけスピードを出していたのか。
数百メートルほど坂を下った先で、緩やかな右カーブのガードレールを突き抜け、運良く下の水田に落ちた様子。
近くの農道に車を止めてスポーツカーの様子を見に行くと、水田の泥の圧力でドアが開かないらしく、窓から這い出てくる二人の男。
「おーい、大丈夫かー?」
声をかけると、ビクッと恐怖に顔が歪む男ら。
ただ、その目は俺ではなく、俺の乗っていた軽自動車を見ている。
水田の泥の中で震えながら俺の車を指差す二人。
自分の車の方に振り返ると、ぼんやりとしか見えないが、血だらけの男が助手席に座っていた。
スポーツカーの二人が驚いていた原因はこれか。
だが、不思議と俺にはぼんやりと見える人影は怖くなく、どこかで見たことがあるような気さえした。
ふと気づいた。
「ああ、俺が小さい頃に事故で亡くなったオヤジだわ」
そう確信した。
突発的に実家へ帰ろうと思い立ち、その前に済ませた所用とは納骨堂でのお参り。
オヤジは一緒に実家へ帰るつもりで俺をそういう気にさせたのだろう。
その後、平気で車に乗り込む俺を見て恐怖に顔を歪める男たちを残し、実家への家路を急いだ。
俺の気分は不思議と晴れ晴れとしていた。
(終)
親孝行ができて良かったね