再生して初めて気づいた声
私は高校で軽音楽部に所属していた。
その頃の『カセットテープ』が残っている。
文化祭でオリジナルソングを歌った時のものだが、あまりの悲惨な結果だった為、すぐに聞く勇気はなく、部屋のラックの中に入れっぱなしのままだった。
聞いてみようと思ったのは、大学3年の時。
その時は山岳部に所属しており、山小屋で皆に聞かせれば笑いの種にもなるだろうと、テープを再生して初めて気づいた。
声が入っている。
それも自分の声ではない。
誰かが何かを言っている。
私は即座にカセットデッキの停止ボタンを押した。
歌っている時は夢中で、そんな声が入っていたかはわからない。
しかし、あの中に盛り上がるような声はなかったはず…。
鳥肌が立った腕をさすりつつ、やっぱり話の種くらいにはなるだろうと、私はテープを上高地まで持って行った。
仲間は5人。
就職活動前の最後の登山だった。
私たちの登山は名ばかりで、ハイキング寄りと言った方がいいかもしれない。
山小屋まで移動するコースの途中で、私たちは道に迷った。
深い霧の中で、私たちは暖かくして岩と岩の間でじっとしていた。
山では年間何人もの人間が死ぬ。
もし助かっても莫大なレスキュー費用が請求されたらどうしよう、という理由でも震えていた。
私が持ってきたデッキにはラジオがついていたが、不鮮明な音が流れるだけだった。
その時、仲間が私の持ってきたテープを見つけ、「聞こうぜ!」と言い出した。
場を明るくするどころか、さらに不幸な気分に貶めそうな内容なので止めたが、情けない文化祭の、本人以外には愉快この上ないテープと勘違いした彼らは、私の制止に構わず再生してしまった。
やはり、声が入っている。
私は思わず耳を塞いだが、仲間はボリュームをあげる。
数時間後、私たちは山小屋へ難なく到着した。
今でも彼らに会うとテープの話をされる。
あの時、音量を上げたテープにはこう入っていた。
「がんばれ、がんばれ…」
その声は、私に黙って文化祭のステージを見に来ていた母の声だった。
ただ、その文化祭があった時、すでに母は病気で他界していた。
(終)