とある山道のある地点を通り抜ける時に
これは、とある山道を車で走っている時の話。
趣味は釣りで、古い車に乗っている俺。
月に2~3回、釣りの定宿へ行くために、深夜に山道を走る。
ラジオもクーラーもない車を、スマホでラジオをかけながら走る。
昔のボロい車だからエンジン音がうるさくて、満足にラジオの音は聞こえない。
でも深夜に一人で山道を抜けるのは淋しいから、いつもラジオをかけていた。
「聞こえますか?」
ラジオというのは、喋る人によって声の通り方が全然違う。
野球解説するようなプロのアナウンサーだと、こんな状況でも比較的声は聞こえ、逆に普通の芸能人だとあまり聞こえない。
ある日から、決まった山道のある地点を午前2時半頃に通り抜ける時、決まってラジオからやけにはっきりした女性の声で「聞こえますか?」と聞こえるようになった。
いつもそこを通る時間は大体決まっているし、ラジオでかける局も同じだから、そういったコーナーがラジオの番組内であり、そのタイトルをプロのアナウンサーか誰か他の声が通る人が話している、そう思って特に気にしていなかった。
ある釣行の時、大漁だったので地元の友人の家へおすそ分けに行き、その魚をつまみに飲んでいた。
その友人は、ある佛教系の大学を卒業している普通のサラリーマン。
飲んでいるうちにふとそのラジオで聞こえる声の話になり、友人がこう言った。
「それは彷徨える何がしかの霊魂の仕業だ」と。
酒も入っているし、そんな訳ないだろと笑い話でその日は帰った。
しかし翌日、友人からこんなメールが届いた。
『今度釣りに行く時は、その地点を通り過ぎる時これを流しながら釣りに行け。そして週末釣りに行く時は俺に連絡しろ』
本文と共に音源データが添付されていた。
その音声は友人が生死について説法しているという、普段一緒に飲んでいる俺としてはなんの有り難みもないものだった。
その週末、俺はやはり釣りに行った。
そして友人の言う通り、その音声データを再生しながらいつもの場所を駆け抜けた。
一緒に飲んだ酒の勢いで録音したせいか、友人の声は走る車の中ではモソモソと雑音として聞こえるだけだった。
そして、その日はいつもの声が聞こえることもなかった。
俺はあの女性の声はラジオのものだと思っていたので、聞こえなくて当然と思っていた。
それから数回、釣りに行くと言う度に律儀に送られてくる音声データを聞きながら、釣行すること4回目のある日のことだった。
いつもの場所を通り過ぎると、「聞こえてるんでしょ!聞こえてるんでしょ?」と、あの声が友人の音声データに紛れて聞こえた。
俺は初めて、何かおかしいことが起こっているんじゃないか?とゾッとした。
釣りから帰宅して音声データを家で聞いてみたが、女性の声なんて入っていなかった。
俺は友人の家に行って事情を話すと、友人は「今度の休みに俺をそこに連れていけ」と言った。
そうしてその翌週の日曜日の昼に、友人とそこを訪れた。
友人はなぜかスーツをパシっと着こなして、手には花を持っていた。
そして件の場所に花を置いて手を合わせ、「もういいよ、行こうか」と言うと、俺と友人は地元へ帰って一緒に飲んだ。
飲んでいる時、俺は友人に聞いた。
「あれは何の行為だったんだ?幽霊でもいたのか?」
友人はこう答えた。
「分からんよ。何か分からんし、俺は何も感じなかったけど、とりあえずやってみた。心を込めて『もう出て来ないでね』って言ったから、きっと大丈夫」
友人のそんな言葉に、俺達は大笑いして店を出た。
あれからもう数十回は同じ時間に同じ道を通っているが、あのような出来事は起きてない。
(終)