山奥で「おーい」と誰かが呼んでいる
※この話は全部で三話あります
第一話:大きな石
これは、先輩の話。
一人で夏山を縦走していた時のこと。
踏み分け道を外れた辺りから、「おーい」と呼ぶ声がした。
誰か怪我でもしたのかと思い、「どうしましたー?」と返しながら声に近づく。
返事がないことを訝(いぶか)りながら進むうち、開けた場所に出た。
誰もいない。
大きな灰色の石が一つ、広場の真ん中にポツンとあるだけだ。
奇妙なことに、石の表面には破れかけた御札が何枚も貼られてある。
声はここらから聞こえたはずだけど・・・。
辺りを見回していると、突然に大声が響いた。
「おーいっ!」
間違いなく、目の前の大きな石からその声は発せられていた。
くるりと踵を返すと、道まで一目散に駆け戻ったそうだ。
(終)
第二話:見下ろすモノ
これは、先輩の話。
一人で山奥に籠もっていた時のこと。
そろそろ寝るかと、焚き火を落とす準備をしていると、突然に声が掛けられた。
「おーい」と樹上から誰かが呼んでいる。
こんな場所でこんな時間に、一体誰だ?
顔を上げたが、明かりの届く範囲には誰の姿も見当たらない。
・・・と次の瞬間、気が付いてしまった。
かなり離れた場所の木々の影、それよりもっと高い位置で緑に輝く二つの点。
非常に大きな何かが、ずっと上の方から彼を静かに見下ろしていた。
腰が抜けた。
身動ぎ一つ出来ないまま、震える視線を足下に向ける。
どれくらい経っただろうか。
再び顔を上げると、いつの間にか緑光は見えなくなっていた。
その後はもう一睡も出来ず、夜が明けるや一目散に下山したのだそうだ。
(終)
第三話:金気の高熱
これは、仕事仲間の話。
山奥の現場でポンプを調整していると、どこからか「おーい」と呼び掛けられた。
顔を上げて周囲を見たが、彼以外に誰もいない。
尚も繰り返す呼び掛けに、「誰か呼んだかー?」と声を張り上げた。
次の瞬間、激痛が彼を襲った。
手首が焼けるように熱い。
腕時計が白熱したのだと頭が理解する前に、それを剥ぎ取って投げ捨てていた。
地に落ちた腕時計はジュッと音を立て、微かに陽炎を発していたらしい。
気が付くと、傍らの工具箱が飴のように変形して柔らかくなっていた。
金気の工具類が、軒並み手で触れないほどの高温に達していた為だった。
気が付くと、声は聞こえなくなっていた。
「でもその日はずっとね、金属に手を触れるのが怖かったよ。いや、声と熱が関係あるのかは分からないけどな」
左手首に付いた腕時計大の火傷を見せてくれながら、彼はこの話をしてくれた。
(終)