化かされていたのはどっちだったんだろうな
これは、深夜の峠道での奇妙な体験話。
彼の友人はクロカンの先駆けとなった車を所有していた。
バンパーはプラスティックメッキでなく、本物のステンレスの板金物。
裏には50Aもあろうかという立派なパイプで補強されていたという話だから、だいぶ昔の話だ。
毎週末は連日、悪友共が集まり、その車で当て所もなく走り回っていた。
その日も目的もなく走り回り、四人が帰ろうと言い出したのは夜半過ぎ、彼や車のオーナーの家から県境の峠二つ三つ越えた辺り。
帰り道、彼は運転席の後ろ座席でうつらうつらとしていた。
オーナーは助手席にふんぞり返り、運転席は友人の加藤(仮名)がハンドルを握り、深夜の峠道をゆるゆると走らせ、友人の市川(仮名)は彼の横で眠りこけていた。
一つ目の峠を過ぎ、彼がぽつぽつと窓をたたく雨粒の音に気づきだした頃、運転手の加藤とオーナーが 「あっ」 と小さな声を上げた。
フロントガラスを見た彼の目に入ったのは、茶色い服装の老婆がボンネットの下に吸い込まれるところだった。
峠を一つ越えて人里に入った頃には、雨もワイパーが要る程に降ってきた。
前の席の二人が休憩しよう、とコンビニに寄った。
何の屈託もない様子で缶コーヒーを飲んでいる二人に対し、彼は言った。
「ねぇ、自首した方がよくない?」
「そうだよ。今からでも行った方がいいよ」
市川も同意してきた。
どうやら彼も見ていたらしい。
「何のことだ?」
どうも話が合わない。
「さっきお婆さんを轢いただろう。二人が声を上げた時に」
「あっ、あの時か。狸の親子が通ったんだよ、なぁ?」
オーナーが声をかける。
「ああ、親狸に子狸が三匹、可愛かったよな」
加藤が答える。
話をしてみると、前の二人と後ろの二人は全く違ったものを見ていたらしい。
前の二人は道を横切る狸の親子、後ろの二人は自車に轢かれるお婆さん。
でも、後ろの座席からの前方の視野はX字で、同時に見える角度は意外と狭い。
その狭い角度で二人同時に同じものを見る、というのも偶然すぎる。
結局、後ろの二人が寝呆けて狸に化かされたのだ、ということでそのまま雨の中をそれぞれの家に帰宅した。
「でも、本当に化かされていたのはどっちだったんだろうな」
そう尋ねると、彼はこう言う。
「狸の近くにいたのは前の二人だった。車のバンパーも頑丈だったから、低速で人ひとり轢いたところで凹み一つ残らない。血痕があっても帰路の雨できれいに洗われてしまっただろうし」
そして、彼は力なく笑った。
(終)