人を化かす狸のマミ
これは、私が体験した奇妙な話。
青年部で委員会を開くことになった。
運悪く商工会の会議室が利用できず、メンバーの家に集まることに。
そこは山中に新しく造られた、小さな団地の中の一軒家だった。
部の事業についての論議が白熱し、討論が終わったのは丑三つ時を過ぎていた。
コーヒーを飲みながら雑談していると、二階の吹き抜けから声がする。
女の声だった。
何と言っているのかは聞き取れなかったが、はっきり耳に届いた。
「娘さん、目を覚ましちゃったんじゃないか。誰か呼ぶ声がしたぞ」
そう私が家主に言うと、「何も聞こえなかったけどなぁ」と首を傾げながら、階上の子供部屋を確認しに行く。
その日は奥さんが夜勤で留守。
二階には彼の幼い娘しかいなかった。
「いや、ぐっすり寝てたよ。空耳でしょ」
戻ってきてからそう言う家主に、今度は私が首を傾げた。
「えー、確かに聞こえたんだけどなぁ」
すると、両隣の仲間が「声なんかしなかったよ。勘違いだろ」と家主に同調する。
間を置かず、真向かいに座っていた最後の一人が青い顔で呟いた。
「僕にも聞こえました。女の人の声で、誰かしらに『来て』って呼んでました」
場が一瞬静まりかえった後、皆が揃って立ち上がった。
「さ、夜も遅いし帰るとするか」
そう口にすると、家主が血相を変える。
「ちょっ、一緒に確認しに行ってよ!怖いじゃんか!?」
・・・逃げ損なった。
仕方がない。
皆で恐る恐る家中を見て回ったが、メンバーの他には誰の姿も見えなかった。
泣きそうな顔の家主を残し、とっとと引き上げることに。
暗い山道を車で下っていると、少し落ち着かない心持ちだった。
後日に別件で集まった際、メンバーの一人が奇妙な話をし始める。
祖父にあの夜のことを話したところ、こんなことを言われたのだそうだ。
「あそこらのマミは、気に入った男を山に連れ去るっていうからな。気を付けろよ」と。
マミとは、人を化かす狸のことなのだという。
「お前ら、狸に告られたんじゃね?」
あの時に声が聞こえた私ともう一人は、しばらくそう言ってからかわれた。
(終)