後日改めてお礼をするために
あれは、まだ幼稚園に通っていた頃だと思う。
当時住んでいたマンションの前は、漁船がぽつぽつ停まっている漁港のような感じだった。
そんな場所で補助輪付きの自転車に乗って、前を走る姉を追いかけていた。
その時、何かに気を取られて、よそ見をしたまま自転車をこぎ続け、無意識のうちにハンドルが海に向かっているのに気づかず、「あっ!」と思った時にはもう身体は宙に浮いていて、直後に海に落ちた。
すぐに近くで釣りをしていたおじさんが飛び込んで助けてくれて、大した怪我もなく済んだ。
そして、姉が走って連れてきた両親がそのおじさんにお礼を言って、後日改めてお礼をするために住所を聞いた。
しかし、後日その場所に向かったのだが、どうみても人が住んでいるとは思えない“ボロボロの廃墟”だった。
両親が「うーん、でもここだよなあ・・・」とオロオロしていると、近所の人だかが声をかけてくれて事情を話した。
すると、「この家の人はもう何年も前に引っ越して行ったよ」と教えてくれた。
おじさんが煩わしくて適当な住所を言ったのか?
うっかり引っ越し前の住所を言ってしまったのか?
両親が家を間違えていたのか?
真相はきっと「なーんだ」で終わるようなことだろうが、ボロボロの家の門の前にお礼の品を置き、そのまま帰るしかなかったあの時のことを思い出すと、助けてもらっておきながら少し背筋がゾッとする。
(終)