百個の盃を用意して始めた百物語にて
これは、友人に聞いた話。
彼は大学生の時、オカルトにはまっていたらしい。
大学生のご多分に漏れず暇と体力だけはあった彼は、ある日に同じような仲間を集めて『百物語』を決行することにした。
場所は彼の部屋。
古式に則るなら百本のロウソクを灯さなければならないのだが、アパートでそれをするのはさすがに憚(はばか)られた。
ではどうするかと頭を悩ませたところ、ある酒好きが名案をひらめいた。
「百個の盃を用意して、一話語るごとに語った奴が一杯飲み干す、ってのはどうだ?」
それはいい!と、皆が一も二もなく同意した。
各人の家やバイト先の居酒屋などを頼り、なんとか百個の盃を揃えた頃には、時刻もちょうど良い頃合いになっていた。
部屋の中心に酒を注いだ盃を並べ、その周りを車座に座る。
部屋の四隅に置いた懐中電灯が、ぼんやりと室内を映し出す。
メンバーは十人。
一人十話ずつの計算だった。
そうして百物語が始まった。
時間帯と環境づくりのおかげで雰囲気だけは恐ろしげだったが、素人が語る怪談なので、そう怖くはない上に、どこかで聞いたような話ばかりだった。
おまけに一話終わるごとに盃を煽るので、だんだん皆の酔いが回ってくる。
酒に弱い者などは、早くも船を漕いでいた。
わかりやすくするために、飲み干した盃は伏せて置いた。
話が途切れたり同じ話が続いたりしながらも、なんとか盃が残り十個になった時だった。
何の前触れもなく、懐中電灯の明かりが全て消えた。
「何だ?」
「電気つけろ、電気!」
十人の男たちは慌てふためき、狭い部屋はパニックに陥った。
暗闇の中でまさに踏んだり蹴ったりの状態になりながら、なんとか家主である友人が部屋の電気をつけた。
明るくなった部屋では、ある意味悲惨な光景が広がっていた。
部屋の隅でうずくまる者、抱き合う二人、逃げるつもりだったのか窓に手をかけて固まる者、布団を被る者、なぜかズボンを脱ぎかけている者、すでに半泣きの者。
そして、整然と並べていたはずの盃は、見事なまでに散乱していた。
その時、誰かが噴き出した。
それをきっかけに大爆笑が巻き起こった。
それは多分に照れ隠しも含まれていたが、それでようやく彼らは落ち着いて息をすることができた。
大笑いした後は片付けタイムだ。
部屋のあちこちに盃が転がっていた。
「なぁ」
ふと、誰かが言った。
「なんで酒がこぼれてないんだ?」
彼の言う通りだった。
懐中電灯の明かりが消えた際、酒の入った盃はまだ十杯残っていたから、床には当然それがこぼれているはずだ。
しかし、床はカラカラに乾いていて、何かがこぼれた形跡はなかった。
彼らは互いに顔を見合わせ、床や壁や部屋のあちこちに視線をさ迷わせた後、我先にと部屋を飛び出したのだった。
「酒好きの幽霊でも呼んだのかな」
愛すべき大学生たちの思い出話に、私は笑いを禁じ得なかった。
友人も一緒に笑いながら、「実は、おまけがある」と言った。
「おまけ?」
「あの時、よく考えたら俺は八話しか話してないんだ。最後の二つはとっておきのやつだったから、それを話していないのは間違いない。俺だけじゃない、他の奴らも同じことを言った。おかしいだろ?盃は九十杯空になってたんだ」
「つまり?」
「俺ら、幽霊と一緒に酒盛りして、幽霊の怖い話を聞いたことになるんだ。でもなぁ、酔ってたし、どんな話だったのか全く思い出せないんだよ」
もったいないよなぁ、と友人は本当に悔しそうに言った。
(終)