道場に入門した若者の秘めた目的
以前、俺は『武道の道場』に通っていた。
といっても極真のような凄い団体ではなく、田舎町の小さな道場で、子供から大人まで一緒になってのんびり練習しているような所だ。
師範とベテランさん二人ほどは本格的に鍛えて組み手もガンガンやっていたが、他のほとんどの人は型稽古中心で、武道というよりは健康体操教室といった方が近いだろう。
また、稽古上がりには皆でだらだらティータイムしてから帰るのが常だった。
消えないほどの強烈な恨み
ある時、高校生くらいの男の子が入門してきた。
正しくは、高校生の年齢だが中学の時に不登校だった影響で高校には行ってなく、今は通信制の学校で勉強しているとのこと。
身長や肩幅はあるがヒョロヒョロの体つきで、小声で口数も少なく、終始オドオドしている印象だった。
そのくらいの年齢から新しく入って来る人は珍しかったので、皆から注目されてしまい、なんだか居心地が悪そうだった。
正直、「こりゃすぐに辞めちゃうだろうな・・・」と思っていた。
しかしながらその予想は裏切られ、彼は毎日のように稽古に来ていた。
本稽古だけではなく、周りが適当に流している準備運動も時間をかけて念入りにやる。
練習後にもトレーニングルームで自主的に筋トレをしたり、見た目からは想像もできないくらい懸命かつ貪欲に打ち込んでいた。
そのひたむきな姿勢に周りも一目置くようになり、年上からは可愛がられ、年下の子からは慕われるようになっていき、彼の方も少しずつ周りに馴染んでいった。
それだけ練習したのだから当然のようにメキメキと上達し、成長期かつ元々骨格に恵まれていたこともあって、体つきもみるみる逞(たくま)しくなっていった。
ほどなくしてベテラン勢に交じり組み手もこなすようになり、気付けば彼らに次ぐ実力者に。
それに伴って性格も堂々として落ち着いたものになり、相変わらず口下手ではあったが周りと仲良く談笑するほどになっていった。
そして入門から二年半ほどが過ぎた頃、彼は受験に専念したいからと道場を辞めることになった。
皆が「頑張れよ」と応援し、師範からは「ダメだったら戻ってきてウチ継いでくれや」と半ば本気混じりの軽口を叩かれ、笑い合いながら別れた。
彼が傷害罪で逮捕されたことを聞いたのは、それから二ヶ月あまり経った頃のことだった。
相手は中学の頃のクラスメートで、彼を執拗にイジメて不登校にさせた元凶の子。
幸い相手は一命をなんとか取り留めたものの、何箇所かの怪我はもはや修復不可能なレベルで、一時は意識不明の重体に陥るまでに徹底的に暴行を加えたそうだ。
しばらくして道場宛てに彼からの手紙が届き、読ませてもらった。
そこには、武道を始めたのはイジメっ子に自らの手で報復するためだったこと、通信制の学校に通っているというのは嘘で、この三年間は復讐のためだけに全ての時間を費やし必死に鍛えていたことなどの本音が書かれ、最後は道場の皆への心からの感謝と謝罪の言葉で締められていた。
あの大人しい彼がこれだけの激しい憎しみを内に秘めていたことに驚き、それを自分一人で抱えたまま、ただ復讐のためだけにあれだけの苦しい鍛練に耐えていたのかと思うと、とても悲しくてやるせない。
『イジメ』というのはそれだけ深く人を傷つけ、消えないほどの強烈な恨みを植え付ける行為なんだなと実感した。
その後、俺は遠方に引っ越したので彼がどうなったのかは分からないが、罪を償った上でしっかり社会復帰し、元気にやってくれていることを願っている。
(終)