深夜の電話ボックスで佇む女性
これは、友人が実際に体験した心霊の話。
神奈川のある渓谷に友人宅があったのだが、彼の家はバス終着場の真後ろにあり、バス停とその横にある電話ボックスが家のトイレから見える位置にあった。
対面には雑貨屋がある程度の本当に民家の少ない場所で、今では水銀灯で林道も照らされているが、当時は夏場にキャンプに訪れる人がいるくらいの他には、週末にラリーに興じる連中がちょこっと訪れる本当に寂しい所だった。
特に夜の暗さは半端ではなく、また林道も物凄く狭い上に以前はガードレールもなく、車の事故が相次ぐ所でもあった。
公衆電話のボックスは友人宅のトイレの正面に位置し、そのトイレの窓から1メートル以内の近さだ。
なので小用を足そうと前を向くと、電話で話し中の人がはっきりと見える。
だが、もともと人気の少ない場所でもあり、そうそう電話を使う人もいないので、いつも気にすることなくトイレの窓を開けていたそうだ。
「ねぇ・・・ねぇ・・・」
10月も半ばを過ぎ、山もそろそろ晩秋から冬の風景に移り変わる頃、夜更かしをした友人はトイレに立ち小用を済ませようとしていた。
用を足しながら窓から電話ボックスを見ると、いつもは人のいないボックス内に一人の成人女性がコートを着て立っているのが見えた。
その女性はトイレとは反対の道路側を向いて佇んでいるので顔は見えないが、髪は綺麗なセミロングで、電話をかけずにただずっと立ち尽くしている。
友人は当然ながら「変だな?」と思ったそうだ。
午前0時を回り、終バスはとっくに終わっているのでバス待ちであるはずがなく、付近に人の立ち寄るような場所もない。
しかし友人は「彼氏と待ち合わせでもしているんだろう」と勝手に納得し、部屋に戻っていった。
翌日、同じように夜更かしをした後にトイレに行くと、ボックス内には昨晩と同じように女性がいた。
友人は昨日よりも良く観察していると、その女性は本当に身じろぎもせず、少し俯き加減でじっと佇んでいる。
電話ボックスのガラスには微かに顔が映っていたので確認すると、目を伏目がちにして寂しそうな面持ちである事が分かった。
「彼氏に振られたんだろうか。そして思い詰めてここに来たんだろう」と想像して、その晩も床についた。
しかし、その次の晩も女性はいるので、「これはいよいよ只事ではないな」というような気がしたそうだ。
こんな人気の離れた場所に毎晩女性が一人でいるなんて尋常ではない。
通り魔が現れないような山里だとしても、やはり危険であることには変わりないし、もしかして自殺に訪れ、踏ん切りが付かないまま付近を徘徊しているかも知れないからだ。
友人は警察へ連絡する前に、自分で確認しようとトイレを出て玄関からバス停に向かった。
家の角を曲がりバス停の前に出ると、電話ボックスに女性の姿はない。
辺りを見渡しても付近には深い闇が広がるだけで、誰一人いなかった。
「たぶん玄関から人が出てくる音を聞いて女性は急いで離れたのだろう」と思って、家に戻った。
明日はそっと家を抜け出し、場合によっては保護しようと決めた。
翌日の晩、トイレの隙間から女性がいるのを確認し、今度はそっと家を出てバス停に行く。
だが、今度も昨晩のように女性は姿を消していた。
「やばいな。そんなに人から避けようとしているのだとしたら相当思い詰めているのかな。やっぱり警察に任せようか・・・」。
そう考えながら家に戻り、もう一度確認しようとトイレへ向かい、ついでに用を足そうとした。
「・・・やっぱり居ないや」。
しかし、友人はスウェットパンツに手を掛けて下を向いた瞬間、凍りついた。
窓の外には居なかったはずなのに、トイレ下の開かれた明り取りからヒールを履いた女性の足が見えたからだ。
しかも、電話ボックスから出てトイレの壁を挟んだ真ん前に移動し、つま先が自分の方を向いていた。
「えっ?えっ!?どうして?何で?」。
友人は上と下を交互に見ながら、必至に答えを探そうとした。
その足はどう見てもちゃんと立っており、中腰で上半身を隠しているようではなかった。
そして驚く友人に向かって、「ねぇ・・・」と女性から語りかけてきたのだ。
女性はだだ「ねぇ・・・ねぇ・・・」と言うだけで、他の事は一切口にしない。
友人が「何?どうしたの?警察呼ぶ?」と聞き返しても、その事には返事せず、「ねぇ・・・」とだけ続けていた。
困った友人は「やっぱり警察だな」と思った瞬間、女性は「ねぇ・・・」と言った後に小さな声で「どうして・・・」と言った。
友人はその声を聞いた直後、トイレから飛び出して警察に電話をした。
そして、玄関でパトカーが訪れるのを待った。
警官が来ると両親も起きてきたので、皆に事情を話した。
警官は概略を聞くと、付近を捜索して帰っていった。
その後、数日はバス停の前で停車しているパトカーがあったが、その間も、パトカーがいなくなった後も、もう女性が現れることはなかった。
俺はその話を友人から聞いた時、ヤバイと感じた本当の理由を知った。
友人曰く、「あの声を聞いた瞬間、怖気が走ったよ。この世の声じゃないような気がした。だってよ、最後の『どうして』は囁くような小声だったのに、聞こえたのは壁の向こうではなく顔の目の前で聞こえたんだ・・・」と。
友人はそれ以降、トイレは窓を締め切ってから入るようになったと語った。
後日談
この事件当時、俺はこの友人とは全く接点がなく、まだ友人ではなかった。
だが、この話を聞いて驚いた。
なぜなら、俺はバイクに乗り始めた頃で、この渓谷にしょっちゅう走りに来ており、バス停の辺りで例の女性らしき人物を見ていたからだ。
先にも述べたが、電話ボックスと対面の雑貨屋にあるジュースの販売機だけがぽつんと灯りを放ち、他はただの闇になる。
数十分ほど走って小さいトンネルにたどり着き、そこで半分切れかけた蛍光灯を見るまで一切灯りがないので、そこで一旦停止して一息入れていた。
ある日、その停留場の横でいつものように停車すると、深夜の、しかも山奥の電話ボックスに女性がいたのを違和感も手伝ってよく覚えていた。
そして、友人が実際に体験していた時間や時期、女性の服装や雰囲気が一致し、俺も「同じ女性を見ていた」と確信した。
(終)