真似できるもんなら真似してみやがれ!
これは、山仲間の話。
一人でキャンプ中に鼻歌を歌っていると、誰かが近くの藪中でハミングを始めた。
自分の歌っている曲を、同じように繰り返している。
「誰か居るのか?」
そう藪に向かって声をかけると、子供のような声が返ってきた。
『誰か居るのか?』
微妙に口調を真似ているのが腹立たしい。
真似る子供の声は続く
「誰だよ、こんな山の中で悪戯すんのは!?」
『誰だよ、こんな山の中で悪戯すんのは!?』
「おい、姿を見せろよ!」
『おい、姿を見せろよ!』
正体不明の悪戯者は、彼とまったく同じ台詞を返してくるばかりで、それ以上は何の行動も起こさない。
ただ、その声に面白そうな響きが感じられて、どうにも頭にきたという。
そこで彼は、当時流行っていたあるバンドの歌を絶唱し始めた。
特にサビがとても早口で、途切れなくズラズラと流れる難しい歌だったのだが、カラオケで鍛えた彼には何の問題もなかった。
(どうだ、真似できるもんなら真似してみやがれ!)
そんなことを考えながら、早口部分を何度も繰り返す。
興が乗って、身振り手振りまで交えた大熱唱となった。
※興が乗る(きょうにのる)
おもしろさを感じて夢中になる。
さすがにもう声も付いてこない。
ブツブツと何やら呟いているだけだ。
(勝った!)
思わず歌うのを止めガッツポーズを取る彼の耳に、呟きの内容がはっきりと届いた。
それは笑い声だった。
声はブツブツと言っているのではなく、クツクツと笑っていたのだ。
次の瞬間、『あはは、ばーか』と心底楽しそうな声がして、藪が揺れた。
揺れが収まった後は、もう誰の声も聞こえてこなかった。
(くそっ、俺は勝ったのに、勝ったはずなのに・・・)
何故かとても悔しかったのだという。
「まぁ、他に何も悪いことがなくて良かったじゃないか」
話を聞いた私はとりあえずそう慰めてみたが、彼は納得がいかない様子だった。
(終)