家主が愛でていた木彫りの猫
私の知人に古物商を営む人がいます。
仮に名前を秋元さんとしましょう。
壷や掛け軸よりも、生活道具や看板などを集めている人なのですが、やはり「物には何かが宿っているような気がする」と言います。
ある時、古い民家から買取の依頼があり、新潟のかなり歴史のある家に出向いたことがあったそうです。
その家は、いわゆる庄屋だったとのことですが、とにかく裕福な一家だったらしく、「蔵の中にもそれを物語るものが沢山あった」と言う秋元さん。
まるで生きているよう
蔵の中に入って色々なものを鑑定するのですが、やはりそこは旧家だけあり、珍しいものからガラクタまで、それこそ一日では見切れないほどだったそうです。
帰り際になり、幾つか買取の確認をして、荷物を車に運び込んでいた時でした。
一匹の猫が秋元さんの足にまとわりついて離れなかったのです。
「今思うと、その猫は真っ白で人懐っこかった」と言います。
ただ、無視して帰るというのが出来ないほど、何かを感じさせたそうです。
近くで蔵を眺めていた主人に、猫のことを聞きました。
主人はしばらくその猫を見ていましたが、何かに気がついたように秋元さんを引っ張って蔵の中へと導いたそうです。
そして蔵の奥で、秋元さんが一見何もないと思っていたところに小さな木箱がありました。
桐で作られた立派な箱です。
主人は何度か躊躇っていましたが、それを開けたそうです。
その時、秋元さんは思わず息を呑んだ、と。
そこには一匹の猫が寝ていました。
美しい流線型を描いた、すっきりとした木彫りの猫。
それはまるで生きているようだったと言います。
「猫を見て、まさかとは思ったんだけどねぇ・・・」
主人はその木彫りの猫をそっと撫でると、目を細め、その家と猫についての話をしてくれたそうです。
その家にはひとつの言い伝えがありました。
それが『猫を飼ってはいけない』という内容で、それは江戸時代から代々家主に伝えられてきた話だった、と。
ある代の家主が、どうしても猫を飼いたくなったことがあったそうです。
しかし家人の手前、猫を飼うとも言えず、自室で篭ってその猫を彫り、それを愛でていました。
そしていつしか、『その木彫りの猫は家主の前では生きているかのように振舞った』という逸話が残っている、と。
主人は猫を箱に戻し、それを秋元さんに渡したそうです。
その猫は家主の死後、こうして桐の箱に収められ、日の目を見ることもなく、ずっとこうして仕舞われていたと言います。
「この猫も、きっとまた愛でられたいのだろう」
そう言って、主人は秋元さんに猫を託しました。
また、この猫を可愛がってくれる人に会えた方が、この猫も嬉しいんじゃないだろうか、と言って。
秋元さんはその桐の箱を持って車に戻りましたが、あの白い猫はもういなくなっていたと言います。
主人は彼の去り際、もう一度呟いたそうです。
「その箱の蓋、開いた跡が残ってたよ。売る気はなかったんだけど、それでねぇ」
そこで、ふっと猫の鳴き声が聞こえたんだよ、と秋元さんは言いましたが、実際は分かりません。
彼もこういう話が好きですから。
ただ、その木の猫は今でも秋元さんの店の中にいて、新しい飼い主を待っていると言います。
最後に、秋元さんはその木の猫を撫でながら呟きました。
「この猫が動いているところは見たことないけどね」
そう言うと、何か含みのある笑いでもう一言。
「最近、ネズミが出なくなってね。この猫様様だよ」
これがどういう意味かは、私からは答えは出さないでおきましょう。
(終)