妖怪となって山の中を彷徨うヨシユキ様
これは、母から聞いた話。
うちの地域では私の母が子供の頃あたりまで、男の子でも女の子でも3~4歳くらいになると必ず「あやとりを覚えさせられた」という。
ただ、技は一種類だけで『蛾』と呼ばれるもの。
これは結構複雑な取り方をするが、素早く出来るようになるまで何度も繰り返し練習させられたそうだ。
今は産業としては成り立たなくなっているが、ここら辺りでは昔は養蚕が盛んで、集落の裏の山(400メートル程の山)の中腹には『蚕霊塔』と呼ばれる供養塔がある。
※養蚕業(ようさんぎょう)
カイコ(蚕)を飼って、その繭(まゆ)から生糸(絹)を作る産業である。(Wikipediaより)
ヨシユキ様に祟られる
こういった供養塔は明治以降に製紙工場の近くに作られたものが多いが、裏山にあるのはかなり古い時代のものらしい。
そして、この山一帯には『ヨシユキ様』という妖怪が棲んでいて、それは大きなカイコガの姿をしているという。
但し、普通の人間の目には見えない。
また、この山に子供が入る時には、必ず一本の紐を持たせられる。
母の場合は白い毛糸の紐で、わざと切れやすいように傷が付けてあったそう。
なぜそんなことをするかと言えば、山の中ではヨシユキ様に祟られることがあるからだ。
背中に重しが乗ったようになって、傍らの藪に突っ伏してしまうことがあれば、それはヨシユキ様が後ろに乗っているせいだという。
こうなると、もう声も立てられない。
バサバサという羽ばたきの音が聞こえてきて、だんだんと気が遠くなっていく。
そうなってしまったら、意識があるうちに素早くあやを取って蛾を作る。
そして、その形のまま力を込めてプツンと紐を切ると、ヨシユキ様は離れていくらしい。
子供だけの場合は、これ以外に逃れる方法はなく、寒い季節だと藪の中で発見されずに死んでしまう事例もあったという。
このヨシユキ様というのは、郷土史などでは南北朝の頃の南朝の皇子だそうで、戦乱の際に自害した悲運の皇族と書かれている。
それが妖怪となって山の中を彷徨っているということらしいが、その方がなぜカイコガの姿をされているのかはよく分かっていない。
おそらく、歴史の中で埋もれた話があるのだと思われる。
(終)