人魚を見た場所は禁漁区に
これは、地元で伝わっている風習にまつわる話。
俺の住んでいた田舎では、「人魚を見た」と言うだけでそこが『禁漁区』になる。
それが昔から続く風習だから。
ただそれだけの理由で禁漁区になるのだ。
実家を継いで漁師になった俺の弟は、その風習を利用して金儲けを考えた。
禁漁区は5年もすれば、魚の大きさがとんでもないことになっている。
アブラメ(アイナメ)なんかは1メートル近いのが上がったりするし、カサゴもオコゼも大きくなる。
ただ、そこまで大きくなってしまうとブクブクに膨れてしまい、何の魚なのかわからないことも度々ある。
もちろん、そんな魚はここら辺りでは売れないので、他所へ売りに行く。
不思議と都会の人間は、物珍しさで皮がぱっつんぱっつんのアブラメを高く買ってくれるのだ。
弟は、「禁漁区にカゴさえ入れなければ釣りをしてもいい」という屁理屈で、それをやって儲けていた。(実際はダメな行為)
しかし、そんな日々も長くは続かなかった。
釣りが趣味の俺と弟が、一緒に釣りに出かけたある日のこと。
そのスポットは俺しか知らない秘密のスポットで、初めて弟を招いた。
小学生の頃から10年ほど通う場所で、大きなカレイなんかが釣れた。
海底が砂で、海藻も多く、潮の流れが早いのと二枚潮で不人気なスポットだった。
そこでしばらく釣りをしていると、弟が『人魚』を見つけた。
俺も弟も人生で初めての経験だった。
想像していたものとは随分と違っていたが。
その人魚はアザラシのような尾っぽに、少し出た胸、もちろん下着なんかは着けていなくて、髪の毛があった。
こちらを背に泳いでおり、時折こちらに向く程度だったので顔は確認できなかったが、多分あれが人魚と呼ばれる生物なんだと思った。
そのことを家に帰ってから漁業組合に報告すると、37年ぶりの発見報告だったらしく、当然のように俺の秘密のスポットは禁漁区になってしまった。
弟はそのことを非常に申し訳なく思ったのか、俺にこう言った。
「ごめん、にいちゃん。実は俺、禁漁区で釣りしてて、他所で魚売ってたんや。バチが当たってしもうたんかもしれん。ごめんな」
俺は、ここで初めて弟の悪行を知った。
ただ、バチではないと思ったが・・・。
(終)