吹雪の中を着物姿で歩いてくる女性
これは、田舎で暮らす祖父から聞いた話です。
私の祖父は昔の国鉄に勤めており、とある駅の駅長をしていました。
時代は戦後の間もない頃の冬、最終の汽車を見送り、駅舎の点検や掃除、信号のチェックなどをして帰路につきました。
その年は例年よりよく雪が降り、その日も一日中、雪が降っていたそうです。
祖父の勤めていた駅は中国山地にあって、雪の多い場所です。
サクッサクッと雪を踏みながら急ぎ歩いていると、ちらちら程度に降っていた雪から急に風が吹き始めて、雪も粉雪から牡丹雪になり、まるで吹雪のような状況になりました。
風をもろに顔に受けて顔が痛くなったので、襟巻きで顔を半分隠しながら前傾姿勢で急いでいると、前から人が歩いてくるのが見えました。
ぼんやりとした雪明りの中をよく見ると、それは『着物を着た女性』でした。
祖父は幻覚でも見たのかと思ったそうですが、だんだんと近づいてくる女性を見て、これは幻覚ではないと確信して叫びました。
「おい、あんた!そんな格好でいると凍えてしまうぞ!」
しかし女性は気にする様子もなく、そのまま祖父の方へ向かって歩いてきます。
徐々に女性との距離も縮まって、あと少しですれ違うところで女性はピタリと止まりました。
祖父も驚いて止まると、女性は笑顔で祖父に会釈をして、こう言ったそうです。
「ご心配いただいてありがとうございます。私は平気です。お勤め帰りのところを申し訳ありませんでした。明日の朝には雪をやませますので、今日は気をつけてお帰りください」
それだけ言うと、女性はそのまま歩いていきました。
「ちょっと!おい、あんた!」と祖父が振り返ると女性の姿はなく、いつの間にか吹雪はやみ、ちらちらと粉雪が降っていました。
見てはいけないものを見たのだろうかと思った祖父は怖くなり、何度も転びながら雪まみれになって家に着きました。
火に当たりながら祖父は母(曾祖母)に帰り道で見たもののことを話すと、曾祖母は「ああ、それは山の神様だね。きっと、どこかに用事で行ってたんだろうよ」と、事も無げに言ったそうです。
雪女でも見たんじゃないかと思っていた祖父は、「良いものを見たね」と曾祖母に言われて、なんとも微妙な気分だったそうです。
(終)
山の神様ってたいてい女性だけどなんか理由あんの?