見えざる者が訪れるガソリンスタンド
これは20年程前、学生時代の話。
当時、ガソリンスタンドで夜勤のアルバイトをしていた。
夜勤は通常2人体制のシフト。
深夜1時を過ぎると客足も減る。
平日であれば交代で休憩をとる。
バックヤードで仮眠をすることもあった。
そんなある日の夜勤で不思議な体験をした。
一緒に深夜勤務に入っていた南くんが、先に休憩することになった。※仮名
来客はいつもより少ない。
僕は店内のカウンターテーブルに頬杖をついて高イスに座り、ガラス越しに外を見ながら来店客を待っていた。
が、誰も来ない。
シーンと静まり返った中、突然、正面右前にあるガラス張りの自動ドアがスッーと開いた。
もちろん誰も来ていない。
店内にも、そして外にも誰もいない。
今までにも何度かそんなことがあり、夜勤バイトの先輩や同僚からもそういったことがあるとの話を聞いていた。
風の強い日は少なからずあった。
その日は風が強かったわけではなかったが、いつものこととあまり気にしていなかった。
ただ、何気なく痒く感じた背中に手を伸ばして掻いた瞬間、ゾッとした。
そこに『手』があった。
一瞬、息が止まった。
あまりにビックリして声が出なかった。
慌てて自分の手を戻したのと同時に、目の前の店内ガラスを確認する。
店内にも明かりが点いているので、ガラスであっても自分の姿が映る。
しかし、僕の後ろには誰もいない。
それを確認してから恐々と振り返ったが、誰もいないし何もなかった。
背中をガラスに向けて映してみたが、やっぱり何もなかった。
「何だ、さっきのアレは?」と呟きながら、一気に高くなった脈を整えようと深呼吸した。
間違いなく感触は手だった。
冷たかったのか温かかったのか、はっきりと覚えていない。
気味が悪くなり、とりあえず自分の手を洗いに行こうと立ち上がろうとした瞬間、再び自動ドアが開いた。
そして静かに閉まる。
ふと僕は、「あっ、帰ったんだ…と感じたってことは直前までいたのか!」と瞬間的に勝手に想像が膨らみ、自分自身にツッコんでいた。
その後に、効果があるのか全然わからないがしっかり手を洗った。
それから数十分後くらいに来店したお客さんには警戒心を持って接客した。
しばらくして、休憩を終えてバックヤードから戻ってきた南くんには何も言わなかった。
言っても信用しないだろうし、怖がらせるのも悪いと思って。
朝になって夜勤明け直後、大学へ行って友人に話そうと思ったが、結局その話をしたのかしていないのか記憶にない。
当然ながら友人たちの反応も記憶にない。
学生時代は楽しいことばかりだったが、20年も経つと忘れていることが多いと気づく。
鮮明な部分の前後は多少記憶があっても、飛んでいる部分が必ずあるのが不思議に思う。
社会人になって何年か後に、泊りがけの研修の際、夜中に体験談を語ることになり、この話をした時は皆が怖がっていた。
ただ、僕自身は霊感など感じたことはなく、心霊現象も信用していない。
誰かがどこかで嘘をついている、で全て解決するのではないかと今でも思っているから。
僕の体験も今思うと、学生のうちにマイカーが欲しくて夜勤を連日こなしていた疲れからくる現象とも思える。
(終)