ビルの上から見下ろす少女
6年ぐらい前の、
夏の日の話だ。
俺は会社の同僚達と
飲みに行って、
帰路についたのは
もうAM1時過ぎだった。
俺の住んでいたマンションは、
会社からも、皆で飲んでいた
飲み屋からも近い。
皆がタクシーを拾って
帰って行くのを見送ってから、
一人で歩いて帰ることにした。
夏の夜のクソ暑さと
アルコールのせいで、
少し気分が悪くなった。
近くのビルの非常階段の陰で
少し吐いちまおうと、
ふらふらとビルの方に
歩いて行った。
非常階段は、よくある
螺旋状になったもので、
その上り口には
小さな門が付いていて、
一応、鍵が掛けてあるようだった。
非常階段の下まで辿り着き、
盛大なカーニバルを終えて
スッキリした俺。
非常階段の上から、
なんだか話し声が聞こえたような
気がして、
ふと上を見上げた・・・。
瞬間、
話し声は途絶えて、
階段の上の方、
7階~8階位の高さから、
こっちを見下ろす
女の子の姿が見えた。
こんな時間のオフィスビルに
少女がいるというのは、
どう考えても普通ではない。
それに、階段入り口の門には
鍵が付いてた。
なんかイヤな感じがした俺は、
上を向いたまま声を掛けた。
「ねぇねぇ、なにやってんの?
こんな時間に勝手にそんなとこ
上っちゃダメだって!!」
少女は俺の声など聞こえない
とでも言うように、
下にいる俺を見下ろしている。
「やばいなぁ。
まさか自殺でもする気じゃ
ねぇ~だろうな」
こんなところで俺の目の前で
自殺でもされたら、
一生トラウマになっちまう。
もし、逆恨みされて、
後で「出てこられる」のも御免なので。
仕方なく俺は階段を登って
上に行こうと思った。
思った通り、
門には鍵が掛かっていたが、
門自体が大した高さじゃないので、
よじ登って階段を上り始めた。
登りながら上を見上げると、
階段の隙間から少女の姿が見える。
スカートの中身も見えたりして・・・
などと思いながら、
「おーい、今行くからさ、
ちょっとそこで待っててよ」
などと、なるべく軽い調子で
話し掛けてみたが、
相変わらず返答は無し。
あとちょっとって所まで来た時に、
もう一声掛けようと上を見上げると、
少女の姿が見えない。
まさか飛び降りた!?
とっさに下を見下ろしたが、
人が倒れている様子はない。
第一、こんな夜中に
人がビルから飛び降りれば、
衝撃音が聞こえないってことは
ないはずだ。
俺は少しパニックになりながらも、
いなくなった少女に声を掛けながら
階段を上り続けた。
そして少女がいた場所まで来て、
俺は凍りついた・・・。
萎れた花束、タバコ、線香。
「やばいっ!」
とっさに事態を飲み込んだ俺は、
階段を駆け下り始めた。
下り始めた直後、
いきなり後ろから声が聞こえた。
確かに女性の声ではあるが、
空気漏れしているような声で、
何を言っているのかは全く分からない。
もちろん後ろなど振り返れない。
俺はガクガク震える膝で、
必死に階段を下りた。
カツンッ、カツンッ、カツンッ、カツンッ・・・。
女性のヒール特有の音が
後ろから聞こえる。
明らかに誰かが階段を下りてくる。
俺は耐え切れずに上を見上げた・・・。
いた・・・。
さっきまで俺を見下ろしていた、
少女の姿が階段の隙間から見える。
そして靴音のテンポとは裏腹に、
もうすぐそこまで来ていた。
俺は必死で階段を
転がるように下りきり、
門に飛び付いて
よじ登った。
その足をグイッと引っ張られた。
俺は絶叫しながら
足をばたつかせて、
なんとか振りほどくと、
そのまま走った。
後ろの門から一度だけ、
ガシャンッという衝撃音が聞こえたが、
それでお終いだ・・・、
と思っていた。
とてもじゃないが、
歩いて帰る気力が無くなった俺は、
駅前まで行き、
タクシーを拾って家まで帰った。
マンションの前でタクシーを降り、
エレベーターに乗り込もうとした俺は、
見てしまった。
ボタンを押してもいないのに、
下ってくるエレベーターの
監視カメラに映る、
あの少女の姿を・・・。
その晩、
そのままマンションから
逃げ出した俺は、
友人の家に転がり込んで、
一晩を明かした。
それからは、あのビルで
少女を見かけることもないし、
あの階段に近寄りもしなかった。
が、その日から異動が出て
転居するまでの1年間、
マンションのエレベーターは
使わなかった。
(終)