常人には聞こえない耳障りな呟き

 

音関係の仕事をしている。

 

故に、雑音や物音には

ひどく敏感だ。

 

マイクを通していなくとも、

常人よりは聞こえている。

 

元々聴覚がえらく鋭いので、

この職に就いた経緯もある。

 

雑踏などで耳を澄ましていると、

たまに聞こえない音や声に遭遇する。

 

それは、

 

か細い叫びだったり、

剣呑(危険)な警告だったり、

 

色々と。

 

もしかすると霊の発する

ものなのかも知れない。

 

昔、

ある映像制作に携わり、

 

撮影時の録音を

担当したことがある。

 

場所は大阪の繁華街。

 

ノイズが多く、

私の機嫌は珍しく悪かった。

 

その時も囁くような声が、

 

ミキサーからヘッドホンに

終始伝わっていた。

 

おそらく媒体には

記録されていないだろうが、

 

耳障りな呟きに、

私は苛立つ。

 

『もうすぐもうすぐ』

 

子供の声だ。

 

男女の判別はつかない。

 

『たくさんたくさん』

 

愉しげな抑揚は、

神経を逆撫でした。

 

カメラが回っていたわけではないので、

あまりの不快感に電源をオフにした。

 

ぶちっ、という

独特の切断音がした直後、

 

目の前の人並みに、

車が突っ込んだ。

 

何人もの通行人が吹き飛ばされ、

車は店にぶつかる形で停止。

 

周りはパニック、

撮影は当然中止になった。

 

私はげんなりした。

 

さっきの『もうすぐ』と『たくさん』は、

このことだったらしい。

 

もうすぐ、たくさん、人が死ぬ。

 

そういうことかよ。

 

帰宅して観たニュースによれば、

 

老夫婦と連れられた孫、

若い呼び込みの居酒屋店員が死に、

 

10人ほど怪我をしたようだ。

 

しかし・・・

 

その場を立ち去る瞬間、

風のごとく耳を掠めていった声に、

 

私は柄にもなく

立ち竦んでしまった。

 

子供の声はもはや、

 

エフェクトをかけたように歪んだ

男の声に変わっていた。

 

『残念、残念、あと少し・・・』

 

低級霊が。

 

悪態をつこうにも、

 

ぞくっとするほど不気味な声に

完全に凍りついてしまい、

 

私は唇を噛むことしか

出来なかった。

 

(終)

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