とある病院の誰も座らない長椅子
ふと思い出した体験談。
交通事故で首の神経が切れかかり、
救急に運ばれた時には、
右手右足が動かなかった。
直ぐに脳外科へ転院して、
高酸素カプセルに入れられる日々。
少し動ける様になってきたら
タバコが吸いたくなって、
昼間に一階の喫煙所を
同部屋の方から教えてもらい、
夜にこっそりと行く事に。
そこへ行くと、
換気扇が回っているだけなのに、
やたらと寒い。
入って右側の長椅子には
誰も座っておらず、
他の席にみんな窮屈そうに座り、
タバコを吸って雑談していた。
なんだこれ?と思いながら
他の人に挨拶して、
その空いている長椅子に座ろうとしたら、
長く入院していると思わしきおじさんが、
「そっちに座らない方がいいよ。
みんな痛い目に遭ってるから」
・・・と。
でも他に席は空いていなかったし、
タバコを吸う時間を立っているのも
まだしんどい状態。
意味も理解していなかったので、
「少し吸ったら戻ります」
と言って、
その長椅子に座った。
と同時に、
背中から物凄い悪寒と鳥肌。
えっ?と思った途端、
これはよくわからないけど
まずいと感じ、
急いでタバコを吸って立ち上がろうと
腰を上げかけたその時、
誰かに両足首を強く掴まれた。
その手が氷のように冷たい。
ビックリして他の人を見渡すと、
みんなの顔が強張っている。
ヤバイと思って立ち上がると、
物凄い勢いでその「手」に引っ張られ、
前にあった縦長の灰皿に顔を強打した。
そのままグイグイと長椅子の下の隙間へ
引っ張られていく。
もう、声も出ない。
その時、
他の椅子に座っていた数人がかりで
俺の腕を掴むと、
思いっきり引き上げてくれた。
長く入院しているらしきそのおじさんは、
「だから座んなっつったべ。
君の座った壁の向こうは昔、
霊安室だったんだ」
普通は一階に霊安室はないだろ・・・
と思ったが、
昔の事は分からないし、
喫煙所から出て隣を見ても、
ただの壁だけだった。
そのあと病室に戻ったら、
ナースがちょうど薬を持って来たけれど、
顔に出来た傷と、
夏だったからタオルケットで
足が隠れていなくて、
「喫煙所に行ったでしょ!
だめですよ!」
と怒られた。
なぜ分かったんだろうと思い、
ふと足を見たら、
両足首に内出血したような
手形の跡が付いていた。
それから退院するまで、
二度と喫煙所には行かなかった。
(終)