電車で乗り合わせた異質なサラリーマン

蝉 虫かご

 

2年程前の話だ。

 

俺は当時、

浪人して予備校に通っていた。

 

地元(田舎)にも予備校はあったが、

規模が大きい方がいいだろうと、

 

電車で片道1時間くらいの所に通っていた。

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電車の中でこれから起きる異常事態とは・・・

頃は8月の半ばで、

その日も電車の中で単語帳を手繰っていた。

 

女子高生がうるさいと集中出来ないから、

なるべく人の少ない車両を選ぶようにしていた。

 

夏休みの平日で特に人が少なく、

無人の車両に乗れて嬉しい気分だった。

 

静かで涼しくて最高だ。

 

途中の無人駅で、

サラリーマンが乗り込んできた。

 

折角の貸し切り状態だったのに。

 

内心イライラしつつも、

単語帳を見続ける。

 

何故か蝉の羽音が異常にうるさい。

 

ふと顔を上げると、

その理由が分かった。

 

サラリーマンは虫かごを持っていた。

 

子どもがカブト虫を入れるような、

一般的な緑の虫かご。

 

その虫かごに、

蝉がみっしり詰まっていた。

 

「うわっ!」

 

思わず声が出てしまった。

 

蝉の虫かごを持った奴と、

広いとは言えない空間に二人きり。

 

キンと効いた冷房が、

一気に不快なものに感じられた。

 

虫捕りの帰りなんだろう・・・

と自分を納得させようとしたが、

 

どう考えてもおかしい。

 

そして、なによりうるさい。

 

その時、

奴はボソッと呟いた。

 

蝉の鳴き声で聞こえないはずなのに、

妙にクリアに耳に入ってくる。

 

「・・かみがみたい」

 

辺りから凄く嫌な予感がして、

鳥肌が立っていた。

 

今日は運が悪いなと思いつつ、

完全に無視を決め込んだ。

 

「なかみがみたい」

 

(・・・中身?)

 

「ちいさいかごおおきいかご」

 

ジジジジジジという音が拡がって、

黒い影が二つ三つ視界に入った。

 

奴は虫かごを開けたんだ。

 

行動の意味が分からなくて怖いし、

車両を移動しようと思った。

 

だけど、車両間のドアは結構重くて、

開けるのに少し時間がかかる。

 

(どうしよう・・・どうしよう・・・行こうか・・・

でも、もし後ろから刺されたら・・・)

 

パニック気味にそう思っていた時、

タタッと奴が素早く動いた音がした。

 

ボックス席であまり見えない位置に居た俺は、

そっとそちらの方を座席越しに見た。

 

奴は子どものように蝉を掴んでいた。

 

そして、ジジジっと割った。

 

「なかみがなかみなかみなかあみかごのなか」

 

向きを変えてもう一匹捕まえたようだった。

 

一瞬、腕に力が入った。

 

割った蝉をぽいっと、

飽きたみたいに捨てた。

 

次の駅が近いようで、

電車の動きが遅くなっている。

 

俺は込み上げる怖気と僅かな好奇心で、

奴から目が離せなくなっていた。

 

そして、急に振り返った奴と、

完全に目が合ってしまった。

 

拍子抜けするくらい、

感情の無い目だった。

 

それは人間ではなく、

血液が入った皮のようだった。

 

「なかみみたい」

「なかみみたい」

・・・・・・

 

奴の言う『おおきいかご』とは、

この車両のことではないのか?

 

パニックにながら辿り着いた考えに、

震えが止まらなくなった。

 

目的地はまだ3駅先だったけれど、

乗車口が開いて俺は逃げた。

 

助かったと思って車両を振り返ると、

 

俺が居たボックス席の窓に張り付いて

こちらを凝視していた。

 

目が見開かれて四白眼になっていて、

頬が窓ガラスに付いていた。

 

※四白眼(しはくがん)

黒目が小さく、常に驚いたような目の事。

 

普通のサラリーマンっぽい見た目なのに、

もう人間には見えなかった。

 

ソレを一瞬見てしまった俺は、

半泣きで改札を抜けた。

 

そこは近くにコンビニがあったので、

夕方まで待って親に迎えに来てもらった。

 

本当のことは言わずに、

具合が悪くなったことにした。

 

奴はただのキチガイなのかも知れないが、

本気で死ぬかと思った。

 

そして、今も蝉の鳴き声が怖い。

 

(終)

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