アワビを求めて海に潜っていると
ガキの頃、海辺生まれの俺は、よく潜りに行っては小遣い稼ぎをしていた。
アワビなんかだと2~3枚で万札だったから、ガキにしては実入りの良い稼ぎだった。
その日は遠出をして岬の先っぽの方で潜った。
上を見た瞬間、凍り付く
そこは小さな入り江になっていて、波が静かでホンダワラという海藻が鬱蒼と繁っている。
アワビは海藻を食べるので、こういう場所には必ずいるのだ。
![ホンダワラ](http://kowabananoyakata.main.jp/wp-content/uploads/2017/11/75985e110466eb2eea9fbd16a20be3a3.jpg)
(ホンダワラ)
ホンダワラはアラメなんかと違ってびっしり生えるから、掻き分けるのは一苦労。
なので、海にはホンダワラが生えていないところから入る。
そこから潜ってホンダワラの下へ行き、海底の岩をひっくり返すと、裏側に運が良ければアワビが付いている。
潜り始めると、岩をひっくり返しながら徐々に移動して行く。
その日はトコブシ(巻貝)はいくつか採れたけれど、アワビはまだ見つけていなかった。
横移動が長くなるので面倒だったが、ホンダワラが一番茂っている辺りの海底を目指して潜った。
石を二つひっくり返して収穫が無かったので、息継ぎに上がろうと海面に向かった。
そして上を見た瞬間、俺は凍り付いた。
ホンダワラが海面まで達して水平に流れて影を作っている下に、人間がいた。
自分との距離は僅か1メートルほど。
一目で分かったが、水死体だ。
それは女性で、下半身は下着姿で上半身は裸。
茶色のホンダワラとの対比で、やけに白く見えた。
かなり長い髪の毛は水中で逆立ち、両目を開いたままだった。
そして次の瞬間、頭と同じ高さに挙げられた両手が、ゆらゆらと動いた。
まるで、「おいでおいで」をしているように・・・。
俺は水中で悲鳴を上げた。
海水をかなり飲んだが、全速で水中から飛び出すと、必死で反対側の磯に向かって泳いだ。
フジツボで手足を切るのも構わず、磯に飛び上がって近くで釣りをしていた人に「水死体だー!」と叫んだ。
しかし水面上からは、屈折のせいかよく見えない。
水着のまま崖を駆け上がって、上にある熱帯植物園に駆け込み、電話で警察に通報した。
地区の駐在の警察官が来たけれど、上からではよく分からない。
3時間ほどして、「担ぎ屋」と呼ばれる人がやって来て、確認する。
※担ぎ屋(かつぎや)
モノを担ぐことを商売にしている人達。
そして担ぎ上げた。
文字通り、死体を背中に背負って担ぎ上げた。
ちょうどその頃に、大学の先生が女学生と不倫して、女学生を殺し、自分も一家心中した事件があった。
場所もそれほど離れていない所だった。
だが、この水死体はその事件とは無関係だった。
もう30年以上経つが、今でもたまに夢で見る。
水中で見た時は、まるで生きているみたいだった。
(終)