不敬な行いをするとその者は鬼になる
お堂の中にある『石鬼』の話。
俺が住む町はかなりの田舎で、田んぼが多くて何も娯楽施設がない所だが、鬼の姿かたちをした石だけが異彩を放っている。
雑木林の中に薄っすらと佇む神社のお堂の中にその石はある。
東大寺の金剛力士像に劣らない顔の表情の迫力。
鋭い目付き、牙、爪。
そして今にも動き出しそうな躍動性。
石というよりも彫刻といった方がしっくりくると思うが、彫刻ではないらしいのだ。
それは、“本物の鬼を石に封じた”のだという。
友人は鬼になってしまったのか?
この町の言い伝えによれば、条理にそぐわない不敬な行いをすると、その者は鬼になった。
鬼は感染するらしく、周りの人も鬼になってしまう。
鬼になると気狂いになり、物を壊したり人を殺したりする。
かなり昔のまだ町が村だった頃、村人の3割ほどが鬼になり、彼らを村総出で皆殺しにしたという。
鬼になった人達の魂を沈めるのと、もう不敬な行いをして鬼を出さないよう戒めのために、最後に残った鬼を石に封じて祀ったという話だ。
では、”不敬な行いをする”というのは何に当たるのか?
神様に不敬な行いをするから罰が当たって鬼になるのは容易に想像できるが、その神様もはっきりしない。
神社に祀られている神様は関係ないらしい。
俺のばあちゃんが、「名前を言ったりしてはいけない別の神様がこの土地にいて、その神様が悪さをした奴を鬼にする」と言っていた。
この事を友人に話すと、興味津々で食いついてきた。
彼は同じ大学の民俗や文化を専攻する学生で、俺が夏休みで町に帰る時、「一緒に付いて行って色々と調べたい」と言ってきた。
あわよくば卒業論文のネタにもしたい、とも。
俺は少し考えた後、「鬼にならないように気を付けろよ」と冗談を言って承諾した。
1週間の滞在期間の間、彼は神社に行って石鬼を見たり、風土史を見たりと慌ただしく動いていた。
夏休みが明けて大学に戻った後も、彼は頻繁に俺の町に行っていた。
彼は1ヵ月間で2~3回の頻度で町へ調べに行き、俺に色々と話してくれた。
分かったことは、”あの土地には汚れや疫病を司る神様がいた”ということらしい。
そして、彼は次第に大学へ来なくなり、電話で話し合うようになった。
彼いわく、単位はもうほとんど取ったから授業に出なくても良い、との事。
また電話のやり取りもなくなってきて、もっぱらメールだけになった。
ついには、「洞窟の中にある祀る石を見つけた」というメールを残して連絡が取れないようになった。
俺は胸騒ぎを覚えたが、その感覚は的中した。
この後に起こった出来事を簡潔に話すとこうだ。
夜、俺の町で古墳近くを自転車で通行していた人が彼に襲われたらしい。
交番まで逃げてきて警察官が彼を取り押さえたが、とても正気ではなかったそうだ。
その間にも色々あったが、彼は精神病院に送られた。
彼は鬼になったのか?
そんなわけがあるわけない。
ただの迷信だと思いたい。
しかし、彼にこの話をした罪悪感が俺を強く支配する。
近々、彼に会いづらいが面会に行こうと決心した。
ここからは推測だが、してはいけない不敬な行いとは、彼が言っていた汚れや疫病を司る神様の正体や名前を認識することではなかったのか?
認識してはならないからこそ、その神様を祀る神社も建てられなかったのかも知れない。
彼は真相を知ってしまったせいで、何かに祟られたのかも知れない。
今となっては闇の中だが。
(終)